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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

介護、会合。そして、キャシー・ベイツ。

 
メイルは、「フライド・グリーン・トマト」で、初めてキャシー・ベイツをかわいい女性だと思った。
というのも、それまでの彼女にはおぞましい人間の本性を表現する名優のイメージしかなかったからである。
それが、若くもなく、年寄でもない、デブの中年普通女を演じ、ひとりの天才老婆スター、ジェシカ・タンディと出合うことで、友だちになることで、自己改革をしてゆくという、ユニークなストーリーなのである。
特に、映画に挿入された、おそらく若い頃のジェシカ・タンディの演じるニニーと親友ルースとの女同士の友情物語、そのニニーとキャシー・ベイツ演じるエブリンとの友情物語は出色である。
メイルは危篤といわれている母親の傍らで、その名作映画のいくつかの言葉をただただ思い出していた。
ルースが言った「血を吐いて苦しんでいる母の側にいて、私は何もしてやれなかった」。
ニニーが言った「死ぬことなんかちっとも怖くない。何で怖がる必要があるの?」
メイルは、いくら語りかけても、全く無理だろうなと思いながらも、必死で、
「母さん、世の中母さんの好きだったシャレなんか何にもなくなってしまったよ。それどころか、ペーソスみたいなものまで全くなくなってしまったよ」
実際、連日起こる卑劣極まりない犯罪の数々。
ここ5年位で、平均労働賃金は8兆円も下がっているのに、なぜか企業利益は11兆円も増えているという。
「何もかもが味気なくなってきた」とメイルは嘆息する。
まもなく正月が来る。
例えメイルの母親が、父親が、それこそメイル自身が死んでも、人々はきっと来年に何かを勝手に期待しながら新年を迎えることだろう。
そうして、人類が、地球が、太陽が、銀河系が、何もかもが滅んでゆくことなど懸命に考えないようにしてゆくに違いない。
それしかないし、それでいいのである。
生きることが何なのかなど、誰にも永遠にわかることなどあるわけがないのだから。
だからこそ、生きている限り、シャレやメランコリーだけにはこだわりたいものだと思うのだが…。

この暮、生まれて初めてメイルは母親の私物を整理する羽目になった。
いままで、母親が何を後生大事に持っていたのか、そんなことを知ろうとも考えたことはなかった。
そうしている中で、メイルがとても不思議な気持にさせられたのが、驚くばかりの数の多種多彩なポチ袋だった。
まるで、孫に、ひ孫にお小遣いをあげることだけが生きがいだったかのようである。
確か、そのことでメイルは母親に怒った覚えがある。
「母さん、ダメだよ、お金をあげることは。特に幼いうちは」
そう言うと、逆に、いつも母親は、
「私が私のお金をどう使おうと、私の勝手でしょ」と、ただ怒鳴っていた。
それが、プライドが高すぎて、恥ずかしがり屋で、正直に表現できない、典型的な教養を持ってしまった日本人女性の悲哀なのかもしれない。

ともあれ、「危篤です。休日は医者がいないので、翌日の連絡になります」と宣告されてから10日以上が経つ。
メイルは何年前かをなぜか思い出せないが、デジャヴのように同じ経験をしたことがある。
その時も母親が脳挫傷で倒れ、救急病院に駆けつけた時だった。
「時間の問題だと思います」という予言者のような医者の通告だった。
あれから、ほんとうにどのぐらいが過ぎたのだろう。
ただ、その時と明らかに違うのは、もうこれ以上は、こんなになってしまった母親に生きろとは言えなかった。
なぜなら、メイルの母親にとって、生きることは喋ること以外の何物でもなかったからである。
メイルは母親をじっと凝視しながら、確実にひとつの大きな恐れを抱いている、
「自分もきっと母親と同じになる」と。


☆介護の重要ポイント9
介護をしながら、必ず陥ってしまうのは、自分もいつか同じになったらどうしようという不安と懸念である。
現代の医療では確かにその確率は高いことが証明されている。
しかし、そんなことを恐れていては、肝心の自分の人生が無駄になるだけ。
生きる以上は、ポジティブ・シンキングというよりは、ギャンブル感覚が重要。
当たらないことの方が多いということに、賭けよう。
どちらにしても、映画「フライド・グリーン・トマト」は、ぜひご覧になるべきである。





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悔悟死、悔悟死。そして、ニコラス・ケイジ。

 
メイルは「リービング・ラスベガス」のニコラス・ケイジを観て以来、すっかり憔悴しきってしまい、食欲がなく、酒を呑み続けている。
「ミリオンダラー・ベイビー」のときと全く同じ衝撃だが、こんどは自分自身にだけ、その強迫観念が向いている。自分の救いようのない不甲斐なさ、無能さ、アイソルーション、後悔に、自分への断罪を決定し、酒を呑み続けることでの死刑判決を下したニコラスに、間違いなくメイルは嫉妬していた。
「自分だって、介護の悔悟で同じ心境だい。介護の責任さえなかったら…いますぐにだって、ただテキーラはあまり好きじゃないから」と、メイルは言訳していた。
事実、メイルはほとんど眠らずに仕事し続けることで、膨大な煙草を吸い続けることで、自分なりには努力していた。
「それにしたってニコラスはいいよな。そんな自分の覚悟をそのまま受け入れたうえで支えようとしてくれる、あんないい女、エリザベス・シューと出逢えんるだから…とにかく介護の悔悟が片づくまでは、自分は必死に生きてやる」

いま考えると穴に飛び込むしかないだけだが、
メイルは高校生時代、自分の名前の下に『Zarathustra junior』と印刷した名刺を作って、不遜にも女の子たちに配っていた。
もちろん、ニーチェの「ツァラトゥストラ」に触発されたからだった。
「気づいたときは、人間は一人で一本の綱の上に立っている。その綱は果てしなく続いていて、振り返ってみても同じである。下を見ても、周りを見回しても、すべてが宇宙のような漆黒の闇の世界。落ちることはもちろん、前に進むことも、後戻りすることも、留まっていることさえも、恐怖以外の何者でもない。そんなときは、どこに向かうのかわからなくても、落ちることの恐怖と戦いながら、その綱を前に進んでゆくしかない(認知症の進んでいるメイルなので厳密には覚えていない)」
『神は死んだ』のニーチェとは若干違うが、『神など存在しない』のメイルは、それを間違いなく啓示と認識し、いつも生き続けてきた。

そんなメイルに一番恐れていた連絡が入った。ついに母親が危篤だという。
正直、会いには行きたくない。
自分ではいくら覚悟していたとはいえ、それにまだ直面したくはなかった。
このままじゃ、悔やんでも悔やみきれない。

最近、やたら火事が多い。そして、なぜか焼死する人の中に年寄が含まれている場合がとても多い。ほんとうに半端じゃないほど多い。
メイルはそんなニュースをみるたびに、「わかるな、その気持…。ごめんな、母さん、そんなこともしてやれなくて」呟いていた。
メイルは日本人的な潔さ、それを信条に生きているはずなのに、この期に及んで、なぜかそう生きられない自分に歯がゆさを覚えている。

母親に申し訳ない気持でいっぱいで、メイルには自分をコントロールする自信が全くない。いま行ったら、メイルは母親に「笑えよ、母さん」とまだ強要してしまいそうである。

前にも言った通り「笑う角には福来る」。イタリアにだって、「笑いはよい血を作る」とある。笑いは血中の酸素量を増やし、肺の動きを活発化させ、免疫力を高めるはず。
だから、肺炎で肺機能が低下し、酸素呼吸量まで激減し、危篤状態に陥ってしまった母親に、あれほど頑張らなくていいよと言い続けてきた、さすがのメイルでも、そんな母親の様子を見たら、「笑えよ!」と言いそうで怖い。

しかしながら、一生懸命介護をしてくれているホームの人たちへの責任から、母親のところに行くしか道はない。少なくとも、それはまだメイルの社会的責任でもある。
ホームに向かう車中で、「孟子」の中での孔子の言葉を思い浮かべていた。
志士は溝壑(コウガク)に在るを忘れず
この意味は、志を持つものは、生活には恵まれず、屍が溝や谷に棄てられることがあることも覚悟すべきだ、ということで、いまやメイルの心中そのものである。

「母さん、自分はとっくに覚悟しているけど、母さんはどうする?どうしたい?自分と一緒でいいかい?」
それだけは、とうの昔に聞いておけばよかった。また新たな悔悟に、メイルはただただまた.滅入るだけだった。


☆介護の重要ポイント8
ホームでの処世術。入居した老人も、訪問する人間も、ともに紳士淑女としてホームで働く人たちと最後まで接し続けること。
人間関係は、いかなるときでも気持と気持でしかない。
特に男性なら、どこまでも教養深くあり続け、絶対に下品にならないこと。
女性なら、どこまでも楚々として、無愛想にならないこと。
そして、そこへ訪問する人間は、介護師の方々への感謝の気持と尊敬の念を常に持ち続けること。








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介護師、悔悟師。そして、ウィル・スミス。

 
メイルは「アイアムレジェンド」のウィル・スミスに期待している。
以前「バイオハザード」について書いた時にも言ったが、ほんとうはホラー、オカルト、スプラッタ・ムービーがメイルは好きではない。
だから、ウィル・スミスのキャラなら、どれだけゾンビやバンパイアが出てこようとも、どこか軽いノリの映画にしてくれると思っている。

メイルは、あの何とも言えない、おぞましくてベトベトした鳥肌感がとにかく嫌いなのである。
というのも、大学時代にメイルは、当時付きあっていたガールフレンドの言いなりに、チャールトン・ヘストン主演の「地球最後の男 オメガマン」を観に行ったことがある。
吸血ウィルスに犯されて死んだはずの主人公の妻が、いきなり主人公に襲いかかる場面で、メイルは外に出てしまった。
「どうしたの?」怪訝そうにメイルの後を追ってきたガールフレンドが聞いた。
「ゴメン。ほんとうはこういう映画あまり好きじゃないんだ。特に死んだ人間が生き返るやつって…」
「だったら、初めからそう言えばいいじゃない」
「……」
「私がこの映画観たいって言ったとき、地球上にたった1人生き残った人間っていう設定が面白そうって言ったじゃない」
「それはあったんだけど…。愛し合ってるはずの人間同士が殺し合うなんて、耐えられないよ。しかもあんな化け物みたいになってさ。第一、オメガマンって、オメーが男っていう意味かよ?バカバカしい」
「何言ってるのよ、変な人」
メイルは、小声で「オメーが××だろうが」と言い返した。
「なに?」ガールフレンドは本気で怒りだしてしまった。
当然のごとく、その夜で2人の関係は終わった。

メイルは、事実、幼少の頃に、気付いたら独りぼっちという悪夢を見たことがあった。
なぜか光景はすべて真っ赤で、どんなに叫んでも、どこに行っても、誰一人いなかった。もちろん、ゾンビもバンパイアもいなかった。
その意味で、地球上でたった1人になること、人間として生まれ出てしまったこと、死のこと、宇宙のこと、それはできることなら想像すらしたくない恐怖そのものでしかなかった。
とりわけ、自分の両親の死について考えてみようともしなかった。

にもかかわらず、いまその問題が目の前に、巨大な怪物のように間違いなくある。
人生って何だろう?生きるって何だろう?改めて考えさせられる超現実の毎日なのである。

いま、メイルの心を奪っているホットニュースは、なぜかマスコミがあまり取り上げないのだが、カリフォルニア大学の天文学チームが、魚座と牡羊座の方角から、明確に天文現象とは異なる信号を受信したという話である。
どうやら、間違いなく宇宙には別の生命体が存在するようである。

メイルの母親の肺炎は、いっこうに改善しない。
ホームの専属医師が懸命に対処療法をしてくれている。母親の意志に委ねるしかないのかもしれない。


☆介護の重要ポイント7
人間は、とにもかくにも生きている限り、学び続けてゆかなければならない。
介護も全く同じ。仮に毎日毎日ホームに通ったとしても、毎日毎日新たな感動や反省によって、また一歩、人間として成長するのである。
そんな気持でい続けることが、老人ホームを訪ねる人間の責任なのである。
つまり、本気で会いたいとか、本気で心配だとか、本気で介抱看護したいと思わない限り、老人ホームには近づいてはいけないということである。







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介護師、悔悟死。そして、イビチャ・オシム。

 
メイルはイビチャ・オシム監督にガンバレとは絶対に言わない。
心臓の持病を持ち、66歳の高齢にもかかわらず、死を覚悟してまで、日本のサッカーのために献身をした人間に、安易に、もう一度元気になって戻って、とも絶対に言わない。
あれほど一言一句に含蓄があり、センス・オブ・ヒューモア、ウイット、ペーソスを感じさせてくれた人間もそうあまりいない。
そういえば、彼は確かインテリジェンスも高く、その気になれば数学教授にもなれたはずである。
最近我が国で秀逸な提言をしてくれている藤原正彦氏も数学者であることを考えると、それも当然といえば当然なのかもしれない。

「一生懸命探すニワトリだけが餌にありつける」
「すべての偶然も、自分たちがサポートすることで幸運を自分たちの方へ引っ張ることができる」など、オシム語録なるものが高名だが、メイルが特に共感しているのは、
記者から、初来日の東京五輪から40年、日本のサッカーはどのように変ったかと問われた時「大きく成長を遂げていると思う。だが問題は、君たちマスコミだ。40年間、全く成長してはいないのでは?」
との回答だった。

守備なんかは、その時々でどうにでも対応でき、重要なのは攻撃で、攻め方を作り上げること、それはまさにクリエーションであり、人生と同じだ、と彼は明言していた。
その意味で、彼が掲げた《考えて走るサッカー》だって、日本人の本性であり、潜在能力でもある、“日本人は走りながら考える”を熟知してもいた。
俗に、“中国人は走る前に考え、日本人は走りながら考え、韓国人は走ってから考える”といわれているのである。

そんなイビチャ・オシム氏が、いまメイルの母親と全く同じだと想像するだけで、胸が痛い。
選手生活12年間でイエローカードを提示されることが1度もなかっただけでなく、
そのワルツを踊っているように華麗でリズミカルなボール捌きから「シュトラウス」と呼ばれた、誇り高き男なのである。
メイルのたった1人のシャイニングスター(一番星)である長嶋茂雄氏よりも、きっとひどいのではと思うだけで、心からそっとしておいてあげたいと思う。

メイルの母親もそうだが、インテリジェンスの高い人間は、安逸な同情を忌み嫌うはずだからである。

それにしても、彼の言う通り、最近のマスコミの、特にインタビュアーのレベルの低さには辟易とさせられる。
これも、こんな社会が作り上げてしまっているのかもしれない。
日本人の伝統スポーツとしての品格以前に、1人の人間としての品格に欠ける朝青龍を横綱として持て囃しておきながら、今度はストレスの発散でもするかのように追い掛け回したり、人間としての教育が何もなされていない亀田大毅なる未成熟なクソガキの扱いも同じである。
マスコミにも品格のかけらも感じられないとメイルは嘆いている。

肺炎の治療のために酸素マスクまでつけられてしまった母親を見ながら、メイルはただただ滅入っている。
それを誤魔化すように、自分の気休めのために、枕元で母親に語り続ける。
「母さんさぁ、長嶋監督だけじゃなくて、オシム監督まで母さんと同じなんだよ。母さんだけじゃないんだから、負けるなよ、絶対。でも、無理して頑張らなくていいよ」


☆介護の重要ポイント6
どれだけ介護度が上がろうと、人間としての尊厳、プライドを大切にさせる必要がある。
それは、生きている限り、決定権は本人が持つものであり、何人もそれを代行することはできない。介護士や看護士はもちろん、医者、家族すらできない。
ただし、社会的な手続き上、やむを得ない場合に限り、否応なしにそれは家族に委ねられる。
その場合、一生の悔悟を覚悟で、惻隠の情ノブレス・オブリージュに基づいて誰かが責任をとるしかない。それが介護の宿命である。
だからといって、そんなに心配するには及ばない。自分が死ぬまでの期間なのだから。






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介護士、いまや介護師。そして、ジョン・レノン。

 
ビートルズ世代であるメイルは、ジョン・レノンの存在をずっと気にかけていた。
天賦の才能を持つ卓越したミュージシャンとしてはもとより、いわゆる孤軍奮闘する「ピースメーカー」としてよりも、その恋愛観にこの上ない興味を抱いていた。

「ザ・ビートルズ」としてのデビュー前に、アイロニカルなアイリッシュ系英国女性とできちゃった婚し、
世界中の誰からも愛されるバンドになった後、摩訶不思議な前衛芸術家の日本女性と結婚し、
「ザ・ビートルズ」解散後、その日本女性と別居中には、すぐそばにいたごくノーマルで影の薄い中国女性と同棲し、
やがて、日本女性との間に子どもをつくり、ハウスハズバンドになったという恋愛プロセスに、ただただ「フーン」という違和感を持っていた。

確かに、蓼食う虫も好き好き、ということぐらいメイルだってよく知っていたけど、どの女性も、メイルが個人的に好きになるような気がしなかったからである。
間違いなく、あの時のジョンなら、世界中のどんな女性だって好き勝手にできたはずである。

だから、1980年12月8日、ビッグアップルのダコタハウス前で、ジョンが射殺されたという衝撃的なニュースを聞いたとき、メイルは戦慄のあまり茫然自失し、「いいじゃないか40歳まで生きられたんだから…」と考えて、納得するしかなかった。
と同時に、憂国し割腹自殺した三島由紀夫をなぜか思い出していた。
自分の意志で死を選択し、介錯によって見事なまでに切り落とされた三島の眼は、その切り離された胴体部分をしっかりと凝視していたという噂があった。
ジョンはサインまでしてあげた男に撃たれた瞬間、どんな気持ちでその暗殺者の顔を見たのだろう?
メイルは、ジョンのことだから、きっと苦笑いしただろうな、と決めつけていた。

40歳を大きく超え、介護に奔走するメイルは、たった一つジョン・レノンにジェラシーを感じていることがある。それは、ワーキングクラス出身でありながらあれだけの驚異的名声と巨万の富を得たことに対してではなく、
「ジョン・レノンよ!キミは、少なくとも人生の中で、1度も介護の心配をする必要がなかったのだから…」という点である。
その意味で、メイルも“ジェラスガイ(やきもちやき)”なのである。

2007年、12月8日。
メイルは今日もホームに向かう途中、ジョンの命日であることばかりが話題になっていることに多少嫉妬を感じながら、
「今日は、トラトラトラ、真珠湾奇襲攻撃をして、その結果、いまなお世界の卑怯者のような扱いをわれわれ日本人は受けているんだ。そのことのほうが、日本人にとってどれだけ大きな問題なのか?もちろん、実際は、単なる日本の外務官僚の怠慢や米国の深慮遠謀だったことぐらいわかっている。66年も経っているのに、なぜそんな誤解一つ正式に晴らせないのか?すごく悲しいし、悔しい」

ことしはインフルエンザが異常に流行っているらしい。
父親も母親もワクチン接種はしているはずだが、インフルエンザ感染が心配である。こうして、ホームに向かう以上、自分自身も感染するわけにはいかない。
万が一のことを考え、メイルはマスク着用を忘れない。

最後に、突然、ジョン・レノンの歌が一つ脳裏を駆け巡ったので、その内容をご紹介する。



「お母さん」

お母さん、あなたは僕を持ったけど、僕はあなたを持たなかった。
僕はあなたを欲したけど、あなたは僕を欲しなかった。
だから、あなたに言うしかない、さよなら、さよならと。
お父さん、あなたは僕を残したけど、僕はあなたを残さなかった。
僕はあなたを必要としたけど、あなたは僕を必要としなかった。
だから、あなたに言うしかない、さよなら、さよならと。
子どもたち、僕のやったようなことは、してはいけない。
僕は歩けなかった。でも、走ろうとはした。
だから、あなたたちに言うしかない、さよなら、さよならと。
お母さん、行かないで。
お父さん、帰ってきて。
お母さん、行かないで。
お父さん、帰ってきて。




ホームからの連絡で、どうやら母親が肺炎にかかってしまったらしい。
メイルは半狂乱したように、車の中で、ジョン・レノンのその曲のリピートの部分だけを大声で歌い始めた。

「Mama don’t go, Daddy come home…」


☆介護の重要ポイント5
介護施設などに家族をあずけていると、その悔悟から、時として傲慢になりがちになる。
介護士たちは基本的に公務員ではないだけでなく、ボランティアでもない。
それどころか、社会的貢献度の高い有意義な仕事にもかかわらず、極めて安い給料で働いてくれている貴重な人たちなのである。特に介護保険制度が改正されて以来、ひどい給料になってしまっているのである。
そのことを忘れて、利己的な対応をすれば、必ずその家族に反動があるのは致し方ない。
どんな世界でも最も重要なことはリレーションシップである。
ほんとうに悔悟があるなら、介護士たちといい関係をつくるべきである。





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プロフィール
 

介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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