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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

開悟、開悟。そして、メル・ギブソン。

 
川のみずが流れるから、「水」。そんな水を谷川で飲みたいとほしがるから、「欲」だという。メイルはそれを知って感動した。
「母さん。いま上げている水は木の枝が混じっても濁らない、清流の水だよ。そうだよね。母さんが欲しかったのは水よりも、喋ることだったよね」と母親の写真の前で、毎日話しかけるのがすっかりメイルの日課になっている。
「母さんは死んでよかったん?ボクはそう信じてる…。だから、正直ボクも安堵したんだと思う。ボクもやっと元気になってきた。ほんとうだよ。また勇気がわいてきた。こんなこと言ってると、ヒドイ息子だって思われるだろうね、きっと…。でも、母さんが少しでも喋れたら、いくら母さんが怒ろうと叫ぼうと、どんなに借金だらけになっても、ボクは母さんを木に縛りつけても生かし続けたから、またケンカになったと思う。それだけは死んでも忘れないで…」

メイルは「ブレーブハート」のメル・ギブソンをほんとうに敬愛している。いま、そのブレーブハートがメイルの座右の銘でもある。
だからこそ、全く予期していなかった介護度5の母親と介護度2の父親の介護に悩み、自分まで弱気になりかけたときでも、神様にも仏様にも頼むことなく、「ブレーブハート(brave heart)」と何回も何回も心の中で叫びながら、必死にファイトしてきた。
当然、母親と喋る代わりにと始めたこのブログのハンドル名を、「メイル・GIVEソン」、「滅入る・与えることは損」、すなわち「メル・ギブソン」とするのに、全く時間が必要ではなかった。

メル・ギブソンが子ども時代、父親と兄が領主に殺され家に帰ってくる。途方に暮れているメルに、突然父親の亡骸が諌める。
「オマエの心は自由だ(Your heart is free)。
その心に従う勇気を持て(Have the courage to follow it)」
メル・ギブソンが多勢に無勢で逃げ出そうとしている民兵たちに大声で諭す。
「自由がなくて何をする(What will you do without freedom )?」
「戦えば、死ぬかも知れない(Fight and you may die)! 逃げれば、少しの間は生きられ、そしてベッドで死ねるだろう(Run, and you will live and dying in your beds many years from now)!
この日を、自由を勝ち取るために、そんな残りの日々と喜んで交換してやろうじゃないか、このたった1度のチャンスにかけて(Would you be willing to trade all the days from this day to that for one chance)!」
メル・ギブソンがついに処刑されることになる。大衆は大衆でしかなく、死刑台の上で執行人が何度も強要する。
「言え、叫べ『慈悲を』と言え、叫べ(Just say it ,cry out,“Mercy”)」
無言のままのメル・ギブソン。拷問はさらに激しくなり、ついに見かねた大衆たちの慈悲という合唱が始まる。そして、ついに一言声を上げる。
「自由(Freedom)!!!」
これらは、メイルが生き続けてゆくうえでの信条そのものになっている。

メル・ギブソンの親友の父親であり、大切な戦友でもある男が死に際にその息子と、川のほとりで会話する。
「オレはもうダメだ(I’m dying)。
なるようにさせてくれ(Let me be)」
「生きなきゃダメだ(You’re going to live )」
オレはもう長く十分に自由を勝ち取るために生きた(I’ve lived long enough to live free).
こんなに立派な本物の男になったオマエを見て、誇りだ(Proud to see you become the man you are)。
オレは幸せな男だ(I am a happy man)」
この父親のように、母親が思ってて欲しいと、メイルは祈るような気持ちで生きている。



メイルはほんとうに勇気を取り戻し、自信を持って父親を必要以上にかまわないで、毎日を生活し始めている。久し振りに海外出張にも行ったし、7年振りに旧友とも会った。
そして、その元官僚の70代半ばの旧友の口から、思いがけない話が出て、複雑な気持ちになりつつ、さらに元気になれた。
「オレさ。5年も母親の介護に明け暮れてて、クタクタだったんだ。だから、母親が死んだとき、不謹慎かも知れないけど、ほんとうにホッとしたんだ。男にとって、母親の介護ほど重いものはなかったよ。オレだって、もうすぐあっちに行くから、あまり大きな声では言いたくないけど、大喜びで、胸の辺りのなんかつっかえていたものが取れたみたいだったよ。オマエは?」
メイルは少し戸惑いながらも、
「ボクは3年ぐらいだったけど、この正月に母は亡くなりました。でも、いまボクもそうですよ。なぜかとってもホッとしているところです。でも、まだ父が残っていますので…」
「そうか。それは大変だな。それにしても、男にとって、母親の存在って、いったい何なのだろうな…不思議な気分だよな」
「ええ、ほんとうに」
メイルは、彼と別れた後、驚くほど足取が軽くなっていることに気づき、確かに、不思議な気分だった。
そして、明日にも、父親が頼んできた化粧品を買って、ホームに行こうと決めていた。

☆介護の重要ポイント14

いま日本中の老人ホームで、年寄が年寄として、のんびりと余生を送っていてはいけないかのようなプログラムが話題になっている。
メイルはなぜ年寄がなにもしないでいてはいけないのか?全く理解できないでいる。
ひたすら走り続けてきた自分の人生をじっくりと振り返っているだけでも、十分毎日が楽しいと思うのだが…。
確かに、USAのように個人主義が徹底していると、なにかに関わっていないと、いわゆる「アイデンティティ・クライシス(自己喪失)」になって、それ自体がストレスになってしまうということはわかる。
しかし、ここは日本なのである。
なにかを読んだり、なにか自分のしたいことをさりげなくしたりして、のほほんと生きてることができるのが、日本の本来のよさだと思う。
その意味で、メイルは父親を隠居させてあげたいと心から願っている。



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改悟、カイゴ。そして、モーガン・フリーマン。

 
メイルは「セブン」のモーガン・フリーマンの告白シーンに鳥肌が立つ。
功名心と名声欲に溢れる若手刑事ブラッド・ピットの妻であるグウィネス・パルトローに、カフェに相談があると呼び出された定年退職直前のベテラン刑事モーガン・フリーマン。
「7つの大罪」をキー・ワード、に次々と起こる奇っ怪で猟奇的な惨殺事件捜査に奔走する夫に言えず、子どもを産むかどうかで悩む妻が、その胸中を赤裸々に打ち明ける。
「この街が正直怖い」
「教師だから、いくつかの学校を見て歩いたが、恐ろしいくらい壊れてる」
鑑識眼のあるモーガン・フリーマンが心根を看破して聞く、
「妊娠したのか?旦那に話したのか」
首を振るグウィネス・パルトロー。
「こんな独り者の自分が言えることではないが…」
「自分にも一緒に暮らした女性がいた。大昔のことだが…、子どもができたと知らされたとき、生まれて初めて恐怖が生まれた。この世界に、こんな世の中に子どもを生んでいいのかという。それから数週間かけて彼女を説得した」
「今でもその決断を後悔していないが、そのことを忘れたこともない」
「生みたくないなら、旦那に話すな。生むと決めているなら、徹底的に甘やかしてやってくれ」
「ありがとう」

メイルとメイルの母親との決定的な亀裂は、中学三年生の時の親子喧嘩にあった。
「オレがいつアンタに生んでくれと頼んだ!えっ、冗談じゃないよ!勝手に生んでおいて、それでいてまた勝手なことばかり言って!」
母親は無言で狼狽し、なんともいえない情けない表情をしただけだった。
当時、茶の間で人気だった海外ドラマ「ウチのママは世界一」になぞらえ、メイルは自分の母親を「ウチの母は世界一最悪」と決めつけていた。
以来、確実に2人の間の溝は深まってゆくだけだった。
マザコンの兄がいたから、それは余計加速していった。

物心付いてからは、メイルはほぼいつもどこかの女性の部屋に転がり込む生活で、母親のことなど全く考えなかった。
ところが、厄介なことに、不可解窮まりない女性という存在は、なぜかそんな母親に勝手に近づこうとし始めるのである。
メイルの若かった頃、すでに「家ツキ、carツキ、婆ナシ」の時代に趨勢が傾いていたのにもかかわらず、そのことがいつもメイルを困惑させた。
そして、やはり、メイル自身も若過ぎ、コンドームを過信していて、付けるタイミングに修練が足りなかったようだ。
それゆえ、たびたびモーガン・フリーマンと同じ情況になってしまい、そのたびに同じセリフを吐くことになってしまった。
中には、メイルに内緒でその結果をメイルの母親に報告する女性がいた。
すると、その女性の代わりにメイルの母親が、
「彼女が可哀想。オマエが考えているより傷ついているのよ。酷い人」
「オマエの肩の周りに何かが見えるわ」
「供養してあげないかぎり、オマエは幸せになれない」と、いつもなじり、脅かしたから、ますます母親と疎遠になっていった。
「こんな、高度成長という名のもと、すっかりせち辛くギスギスし始めた、拝金主義の世の中に自分の子どもを生みたくなんかない。第一、自分はそんな幸せとか不幸とかいうレベルで生きてなんかいないんだよ」
そんなとき、少し解悟し始めていたメイルは、さりげなく話題をそらし、声を出さずに、母親に向かって叫ぶだけだった。
おそらく、それが、メイルの昔のあの一言に対する母親の精一杯のリベンジだったのだろう。
実際、映画の中のモーガン・フリーマンの告白シーンは、いつもメイルにとって、まさにデジャ・ヴのような戦慄を覚えさせる。
メイルは自分の子になったかもしれない『かいご(卵)』を殺害していた。
けれども、モーガン・フリーマン同様、今でも一切改悟してはいない。
もちろん、その贖罪の意識は、これもまたモーガン・フリーマン同様、ずっと心の片隅に残っていて、1度たりとも忘れたことはない。
ただ、その時代に生まれた子どもたちが、これだけ世の中を暗澹たる気持にさせてるのを見せられと、その決断の正当性や先見の明を感じ、内心自分を称賛しているところもないではない。
その意味では、メイルは開悟したともいえる。



どちらにしても、いまメイルはあちらに往った母親にどうしても尋ねてみたいことがある。
「母さん、あれほど気にしていたボクの子どもたちは、みんな意表をついてカワイイだろう、どう?それは、そちらで何を話しててもいいけど…気をつけてよ、なにしろボクの子だからね。今までのようなシニカルでクールで、それでいてクリーピイな話し方は止めたほうがいいと思うよ。どこまでもジェントルにテンダーに、チアフルにね。仲よくしてくれよ。ところで、母さんが考えていた以上に、ボクの子どもたち、たくさんいるだろう?驚いただろ?まあ、こちらの時と違って、待望の大勢の家族に囲まれて、幸せだろ?」
もちろん、メイルにだって、経済的にも肉体的にも、子育てできないこともなかった。
あくまで、モーガン・フリーマン同様、精神的にそれを選択できなかっただけだった。
それゆえ、今流行の「できちゃった婚」なんていう発想など全くなく、それによって、精神的にはもちろん、時によっては経済的な制裁まで受け、なんと不本意にも両親に大きな負い目まで背負ったこともあった。
まさに悔悟だらけの人生のメイルだが、『かいご』への悔悟だけはない。

☆介護の重要ポイント13

介護の実情を知らない有識者なる人たちを中心に、在宅死を奨励する傾向が強まっている。
けれども、これも体のいい厚生労働省や自治体の単なる予算削減に過ぎないことを知るべきである。
なぜなら、日本の家システムはいまや完全に崩壊してしまっていて、昨今やたら起きているように、子どもか孫によって、惨殺され、燃やされるのが関の山である。
メイルは、例えいくつになっても、人生新たな出逢いという刺激が一番心身ともに若返らせてくれ、生きることの楽しみになるはずだと信じている。
その意味でも、介護する側は、何が何でも介護される側の性格に合った健全なるホームを見つける責任があると思う。

ちなみに、「人口妊娠中絶」が年間死亡原因の第1位を争っている現実をご存知だろうか?だから、必然的に「できちゃった婚」が増えているし、文明国の中で唯一HIV感染者が増えているのである。
とにかく、子どもを作る前に、子どもが自分のモノじゃないこと、もう一つのパーソナリティを誕生させそれを育てる責任が生じるのだということを、まず自分自身で考え十分に覚悟したうえで、パートナーとも十分に相談してから、出産を決断すべきだと思う。




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プロフィール
 

介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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