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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

開護。開護。そして、メアリー・タイラー・ムーア。

 
メイルは、柄でもなく、かなり苦悩している。
というより、すっかり憔悴し、絶望の淵に追い込まれている。
そのせいか、「トラブル・スリーピング(眠れない)」の夜が続いている。
仕事上の重大な局面を迎え、自分自身をもう一度じっくり凝視しているからである。
「母さんだぜ!騙すより、騙される人間になれ!って、口が酸っぱくなるほど、言い聞かせてくれたのは…」と、まだあちらのどこかに行ったばかりの母親に、八つ当たりしながら、自嘲する毎日である。
「なにもそこまで姑息な手段を使って、人を欺かなくても」
「なにもそこまで自己保身のために、まわりを巻き込まなくても」
所詮、人生なんて、すべて洒落。なにもかもが錯覚。零の乗。そう涅槃しているメイルにとって、その「なにもそこまでして」が理解できないから、到底、無理なのかもしれない。
近頃、母親が、
「オマエに言いたいことがある」
と、やたら話しかけてくるから、
「まだ勘弁してよ」と答えていて、眠れなくなる。
しかも、人間なんて現金なもので、母親の顔が、その顔を忘れてしまったかのように、メアリー・タイラー・ムーアの顔になっていて、それに吃驚して、さらに眠れなくなる。
「どうしたんだよ?母さん」
メイルは、仕方なく、また誘眠導入剤の世話になる。

「普通の人々(ordinary people)」のメアリー・タイラー・ムーアこそ、メイルにとって、自分の母親以上に、母親そのもののイメージなのである。
確か、メイルが、ちょうど30代に突入するかしないかの頃だった。
メイルは、社会的な責任を負うか負わないかの瀬戸際に、生まれて初めて立たされた。
8年間同棲したことになっていた女性から、「結婚したい。結婚式を挙げたい」と言い出されたのである。
奇妙な話なのだが、その同棲していた家にほとんど帰らず、転々と家出していたメイルには、その要求は晴天の霹靂でしかなかった。
メイルは、とにかく生まれて以来、人を好きだとか愛しているとか、軽々に言ってしまったら、そのせっかくの気持ちが虚言になり、やがてゼロになってしまうと感じていた。
だから、そんな状況になる前に、さらっと除けていたつもりだった。
誤解がないように付け加えると、のらりくらりと狡猾にかわした訳ではなかった。
それこそ、いつも断腸の思いだった。
人間、好きだとか愛してるって言われて、誰だって悪い気はしないもの。
それ以上に、粋でありたかったし、なによりも逃げることを忌み嫌っていた。
それゆえ、メイルは、すぐに清水の舞台から飛び降りていた。
「こんな僕に、そんなことを言った女性は初めてだよ。キミがどうしてもしたいというなら、書類には署名する。ただし、結婚式だけは勘弁してくれ」
これが大きな問題になった。
なんと母親が女性の味方につき、一緒に結婚式を挙げることを、メイルに教唆し始めたからである。
孤立無援になったメイルは、また母親不信になっていた。

「普通の人々」のメアリー・タイラー・ムーアは、メイルにとって、あっという間に自分の母親になった。
家族の中で、陽気で屈託のない甘えん坊の長男を溺愛していた。
そして、その長男を不慮のヨット事故で失う。
それによって、その事故から奇跡的に助かった二男をあたかも長男を殺した存在、なぜ二男でなく長男なの?というように捉えてしまう。
そして、二男は二男で、サバイバーズ・ギルト(生き残り症候群)になり、ついには自殺を図ってしまう。
それが、プライドが高く世間体を何より気にする母親をますます逆上させ、2人の溝を一気に巨大なものにする。
ついには、まるで長男と同じに死んでいなくなってしまった存在のように扱い始める。
そんな母親の態度を繊細かつ鋭敏に捉える二男は、どんどん人間不信になってゆく。
そんな様子を見ながら、妻を愛し、子どもを愛し、責任感のある父親が、その2人の溝を埋めようと努力すればするほど、こんどは夫婦間にも亀裂が入り始める。
典型的なスウィートホーム志向の父親は、母親というものは、分け隔てなく我が子を愛するものと信じている。
そして、母親自身、形骸的には、そう信じようとしてもいる。
しかしながら、人と愛し合い、成長し合い、変わり合ってゆくことを必要以上に恐れる、保守的な母親は多いのである。

メアリー・タイラー・ムーアは、愛する長男を失ったショックから、自分の心を開き、人を愛することができなくなった脆弱な母親の象徴である。
そんな母親は、自分のプライド、生活のリズム、世間体、カタチにだけこだわり、自分のエモーションのままにしか、行動しない。そして、それを少しでも揺るがしたり、かく乱したり、脅かすものを本能のままに排除する。
そうなると、自分に懐疑的な姿勢を見せる夫も、自分に積極的になつかない我が子も、自分の家庭ドラマの中での配役でしかなく、監督である自分の言う通りにしなければ、断じて許さなくなるのである。
メアリー・タイラー・ムーアは、そんな母親の稚拙さ、欺瞞、不感症を見事なまでに表現している。
すなわち、母親の我が子への愛情に、差別があることを、母親の愛情が、我が子に平等ではないことをメイルに教えてくれたのである。

メイルの母親は、兄を連れて、戦争中7年間疎開している。
父親がシベリア抑留されたために、その間2人だけで、大変な暮らしを経験している。
それゆえ、ことあるごとに、兄を守るのは当然だったのかも知れない。
しかし、メイルには、それは簡単に承服できることではなかった。
母親をとられたという嫉妬なんかではなかった。
兄弟ゲンカしても、いつも2人を相手にしているようで、メイルは、とても複雑な気持ちにさせられた。
「普通の人々」の中で、二男がセラピストの治療効果で、自分の感情を必要以上にコントロールせずに、表現することこそが大切だと学ぶ。
そして、ある夜、二男から、母親に近づき、
「おやすみ」と抱擁する。
激しく動揺し、それを拒みそうなくらいの困惑した表情を浮かべる母親。
それを偶然見てしまった父親。
その深夜、父親は1人ダイニングで泣いている。
ベッドに夫がいないことに気づき、階下に座っているのを見つけ、
「泣いてるの?」
と話しかけるメアリー・タイラー・ムーア。
泣くのを止めようともせず、おもむろにメアリー・タイラー・ムーアを見つめ、ゆっくりと話始める父親。
「キミは美しい。でも、気まぐれで、慎重で、頑固で、弱くて、独り善がりだ。平穏な生活も、長男の不慮の死というたった一つのことで壊れてしまった」
「……」
「キミはボクを本当に愛しているのか?キミのたった一人愛していた長男の死で、あわてて、錯乱して、キミの愛は葬り去られてしまった。今では、それも疑わしい。キミは長男ではなく、自分自身を愛していただけではないのか?」
「……」
「I don't know who you are(キミの正体がわからない)。空しい人生だった。もう自分の愛に自信がない」
その言葉を聞くと、呆然と夫を見つめ、背を向け、そのまま無言で階段を上がってゆくメアリー・タイラー・ムーアの姿とうつろな瞳。

メイルにとって、母親の死は、そのメアリー・タイラー・ムーアの背中そのものなのである。
「母さんのあれほど愛していたアニキは、ボクはもう…、悪いけど…」
そう母親の写真に語りかけながら、メイルは今、必死に働いている。



☆介護の重要ポイント17

備えよ常に。
親の死とか介護とか、あまり先行して考えたくないことだろうけど、突然そうなってあわてないためにも、中長期的プランをしておくことが大切。
特に、経済的な問題に関係なく、事前に、特別養護老人ホームのリサーチだけはしておいたほうがいい。
その空室状況、順番待ち状況はもちろん、環境も絶対チェックしておくべきである。
介護も、結局は、人の問題。
思いやりの有無は、それぞれのホーム全体の空気、雰囲気になっていて、簡単に感じられるからである。
それこそ、恋人を探すつもりで、一件一件、自分の目で見て歩こう。
こんな介護システムになってしまった以上、出会い系サイトが危険なように、営利抜きに開設している老人ホームは、本当に少ないからである。






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介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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