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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

介護、戒護。そして、グレン・クローズ。

 
介護する人間の心模様を、デリケートにヒューメインに象徴的に表現している映画がある。
「Things you can tell just by looking at her(彼女を見てると言うことができること)」というオムニバス映画。
これは、誰もが観るべきだと、メイルは確信している。
現代社会に生きる独身女性たちに、ごく普通の日常生活の中で普通に起こりうるだろう、いくつかのターニングポイントの出来事。
それらに直面した女性が、どこまでも感覚的で不可解な情念のままに、垣間見せる、一見何でもないようでも複雑な心模様。
一人の女として、心の奥で期待し探し求めている幸せ、自分で気づくことない自分の本質、日常満足しているフリをしている欺瞞、それらが見事に表現された、秀逸な映画である。
そのオムニバス冒頭のストーリーが、特にメイルの心臓を正確に打ち抜いた。

産婦人科医として病院で働く熟年離婚女性グレン・クローズは、そのゴージャスな自分の家で、年老いた母親の介護をしている。
話すこともできずに、自分で食事もできず、歩くこともままならない、母親。
その日、介護人が休みを取ったために、自分で気にかかることがあるにもかかわらず、仕方なく母親の世話をしなければならない。
そして、認知症に近い母親を見ながら、自分の未来に不安を抱き、自分の新たな現在進行形だと思いたい彼氏からの電話を待っている様子が、とってもいじらしい。
一緒にトイレに入りながら、無言のまま母親を見つめていて、その耳にあったダイヤモンドのピアスに目をとめる。
母親に食事を与えているときに、不意に娘を凝視する視線にたじろぐグレン・クローズ。
気もそぞろのことが見抜かれているように感じがしたからである。
電話が鳴り、飛んで行って出るが、待っている彼氏からではなく意気消沈するグレン・クローズ。
カウチでテレビを観ながらうたたねをしてしまった母親がオナラして、思わず声を上げて笑うグレン・クローズ。
母親を入浴させているために、せっかくの電話に出られない可哀想なグレン・クローズ。
その一挙手一投足の仕草が、メイルにとって、他人事には思えなかった。

死だって、病気だって、介護だって、順番があるわけではない。
明日は我が身、それが真実。
沖の干潟は遥かなれど磯より潮の満つる如し。
それだって、それらのことを畏怖し想定して、きちんと貯蓄しておけばいいが、メイルのように、そういうことは考えるとそうなるからと考えないでいると、実際大変な現実問題になる。
その意味で、グレン・クローズとメイルの間には、経済的には天と地ほど大きな隔たりがある。
ただ、精神的にはほとんど変わりなく、瓜二つと言えた。
厳密に言うと、そうなってしまった母親を全然恥ずかしがらなかったという点では、メイルの方が少しまだマシだった。
メイルは、母親が倒れ、今日明日がヤマと医者に言われ、ありとあらゆる延命措置を必要としない書類にサインさせられた。
それが奇跡的に介護度5でも生き残った。
いくら「こんな無様な姿で生きていたくない」と母親から眼差しで訴えられても、「生きていて何ぼ。死んで花実は咲かない。生きているだけで丸儲け」と心から一人喜んでいた。
それも束の間、公立救急病院から「そろそろ出て行ってくれ」と宣告された。
そこから、メイルの介護に対する悔悟人生が始まった。
まず、人間的に信じられる療養型病院がなかなか見つからない。
自分の目と足で捜し歩いて、17件目でようやく自分の勘で信じられる病院を見つけ、やっとのことで母親を移した。
それから、OT(作業療法士)、ST(言語療法士)、PT(理学療法士)、巡回歯医者、何でも頼んだ。
自分の部屋、母親の病院、在宅介護の父親の実家、メイルのトライアングル生活がますます忙しくなった。
ところが、そんなある日、看護士が口腔ケア最中に、母親が酷くいやがったせいで、数少なかった前歯を折ってしまった。
以来、せっかく順調に口で食べ始めていた母親が、それを一切拒否してしまった。
そこから、母親に口で食べさせるという、メイルの格闘が始まった。
しかし、グレン・クローズの母親とは違って、メイルの母親は一筋縄ではなかった。
「生きているのは、食べるため!食べて味わって満足するため!」そう確信するメイルも、簡単に諦めるわけにはいかなかった。
疲労困憊になるまでに、1年はかかった。
仕方なく、チューブ、ペグと栄養補給の取り方は変わって、それだけになった。
母親の衰えは顕著になっていった。同時に、母親の腹巻の洗濯が大変になった。
それが今でもメイルの忸怩になっている。
「なぜ自分でやりつづけなかったのか…あれほど介護士たちが驚くほど、メイルが食べさせるときだけ、少しずつ少しずつ食べ出していたのに…」。
そうこうしているうちに、2年目を過ぎた辺りから、今度は父親の衰弱が酷くなり始めた。
これも当然と言えば当然でも、メイルの予定には全く入っていなかった。
両親にかかる介護費用は、メイルにとって、いつのまにか全く予想だにしていなかった高額になっていた。
そして、3年を過ぎると、完全に経済的袋小路に迷い込まれてしまっていた。
因果応報。
世の中、きちんとバランスを取られるものらしい。
メイルには、グレン・クローズみたいに自分の生活なんか悩む暇もなかった。
最近、介護を苦にして、介護者が非介護者と共に一家心中する話が多いが、心情的にはメイルにも理解できる。
でも、メイルの信条は、絶対に逃げないこと。
ましてや、母親が死んでしまった今、とにかく母親のことを毎日思い出せる自分が生きてないと、母親そのものの存在がなくなってしまう気がするから、死ねない。
あれだけ強かった母親のプライドを守るためにも、この矛盾だらけの介護システムなんかに負けるわけにはいかない。

グレン・クローズの母親のようにダイヤモンドのピアスがあったら、自分もつけてみたい気持ちになった。残念なことに、メイルの母親はピアスをしていなかった。
その代わり、メイルは、母親の財布にあった小さな鈴を、自分の携帯電話につけている。
自分の母親の介護をすると、自分自身の生活や残りの人生の将来を真摯に見つめるのは、極めて自然。
グレン・クローズが、頼んだ若い女性のタロットカード占いで言われる、一言一句に、メイルはいちいち自分を重ねてみた。
幸せじゃない。自信たっぷりのように見えても、満たされていない。安心感もない。
(幸せや安心感なんて求めたこともないから、関係ない。生まれてこの方、なんの自信もないが、といって不満などない)
人生に満足しているフリが上手でも、自分をよくわかっていない。いつもとても不安で、なぜか心が落ち着かない。
(世の中、自分で自分のことがわかっている人間などいるはずがない。いつも不安だということは認めるが、それは人間として生を受けてしまったということに関してであって、生きている間なくなるはずはないと思うけど…)
自分を演じているgreat pretender(グレート・プリテンダー)で、独りで大丈夫なフリをしている。
(グレート・プリテンダーとは言い得て妙。世の中に何と多いことか?少なくとも、そんな「偉大なフリをする人」にだけはなれないし、そうなるくらいなら死んだ方がましだ)
秘密主義者で、簡単に人を信じず、たまに心を開いて後悔して、相手を恨む。
(これこそ、母親の教えがある、「騙すより、騙されろ」。何度裏切られようと、生きている限り、人を信じる)
常に悲劇を恐れ、変化を怖がっている。
(人生に悲劇なんかない。もう笑うっきゃないほどの笑劇があるだけ。だからこそ、死ぬまで変化し続けてこそ、価値がある)
その若い占い師に、いろいろ言われているときのグレン・クローズの表情が、ほんとうに微妙な機微を見せて感動的だった。
そこに本物の人間のペーソスがあった。
そして、そんな気配を敏感に感じたのか、足を引きずりながら歩いてこようとする母親を、恥ずかしそうにベッドに連れ戻すグレン・クローズの姿に、自分の中にもあったある覚悟を感じて、メイルは切なかった。
このシーンは、介護に関わる人も、まだ関わっていない人も、絶対に一度見て欲しい。
人生は、実に儚い。
だからこそ、もののあわれを大切に、粛々と生きてゆくしかないのだと、再確認できる。


彼女を見ればわかること彼女を見ればわかること
(2002/01/25)
キャメロン・ディアス

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☆介護の重要ポイント20

茨城県潮来市で高齢者グループホームを運営するNPO法人「たけわ」の理事長が、監督権限を持つ潮来市から、業務上横領で告発されている。
認知症の入所者の預金通帳から勝手に約500万円を引き出したという。
そんなことは常識と考えなければならない世の中なのである。
介護をする人間は肝に銘じなければならない。
実際、介護労働者の人材不足は深刻だと思う。
メイルは、両親のお陰で、その現実をいやというほど味合わされた。
訪問介護の介護員の質の低下、モラルの欠如は、生半可なものではない。
もちろん、すばらしい介護員だって、きちんといる。
そんなプロフェショナルと出会うことは、結婚相談所の結婚相手紹介よりも、難関だと言わざるを得ない。
年寄りの傲慢さとつき合わされるのに、極めて賃金が安いのだから、離職率が高いのも無理はない。
平成18年の介護安定センターの調査によると、訪問介護員の1年間の離職率は15%、このうち勤続1年未満は37%を占めるのである。
気持ちいい介護員と出会うためには、気持ちいい介護者であることが絶対不可欠である。





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悔悟、戒護。そして、キアヌ・リーブス。

 
退廃的な孤高の男が、実は人間界に入り込もうと企む悪魔たちを、命懸けで阻止する悪魔払い師という設定に、メイルはいまの自分の心境のせいか、憧憬の念を強く抱いた。しかも、その超能力者が末期ガンで余命幾ばくもないというのである。
メイルは、「コンスタンティン」のキアヌ・リーブスに、完全に自分を置換している。
神を真摯に信じていないくせに、自殺まで図ったくせに、いざ自分が喫煙のせいで肺ガンで死ぬとなったら、天国に行きたいと欲するなんて、メイルには、自分と同じように弱いキアヌ・リーブスが可愛かった。
しかも、医者に、「何で自分がガンでこの若さで死ななきゃならないんだ。前のように助けてくれ!これも自分が教会でちゃんと祈らなかったせいなのか?お布施が足りなかったのか?」と、愚痴るのを聞いて、とっても安堵させられている。
どうやら、誰だって、死んだら天国に行きたいものらしい。


メイルは、物心付いた時には、「幸せとか、不幸とかいうような次元を超越し、ただただ淡々と生きるのが人間」と悟ったつもりだった。
だからこそ、人生は儚いもの、もののあわれを感じながら、粛々と生きようとしていた。ほんとうに富にも名声にも興味がなかった。
だが、それは、ある意味、利己的で、他者と係わらないことが前提だった。
それに、何度も何度も、メイル自身悔悟しているように、親の介護問題なんか、全く予想だにしていなかった。
あまりにも自分の死の恐怖ばかりを凝視し、刹那的になり、親もやがて死ぬという当たり前のことすら失念してしまっていたことは事実で、言い逃れできなかった。
ましてや、親の死の前に、こんな介護と直面するとは、微塵も予測していなかった。
その反省は、ともすると必要以上にメイルを焦燥させ、萎縮させていたかも知れない。
いつのまにか、メイルは、人と出逢う機会が減り、半ば世捨て人のようになっていた。
それだって、キアヌ・リーブスのように超能力でもあって、天国と地獄と人間界の掟を破り、天国の裏切り者と手を組んで人間界を乗っ取ろうとする悪魔退治でもしていれば、まだよかったかも知れない。
確かに、メイルは、繊細で、感受性が強かったが、キアヌ・リーブスのような自然を超越した力などは全くなかった。
ただ不可解で矛盾した介護の社会システムに憤慨し、負けてなるものか、そんな気持ちになって、孤軍奮闘していた。
そして、キアヌ・リーブスと同じように、チェーンスモーキングしていた。
メイルは、怖いことに、キアヌ・リーブスと似た咳をしていることに気づいていなかった。
キアヌ・リーブスは、15歳の時からの喫煙で肺ガンになったが、16歳から喫煙しているメイルにも、そのリスクは高いはずなのである。

キアヌ・リーブスは、死を感じているせいか、いつものように恋愛の雰囲気を一切醸し出さない。
偶然知り合い、自分の双子の妹のために地獄を垣間見ようとする、女刑事が、バスタブにカラダを入れる際に聞く。
「服はどうするの?全部脱ぐの?」
「そのままでいい」
女刑事は、靴まで履いたまま、バスタブに入る。それが印象的だった。
天国と地獄と人間界を繋ぐのが水だということも、妙に納得できた。
それにしても、傲慢な人間のあり方に激怒した、ハーフブリードと呼ばれる天使が、魔界を支配するサタンの息子と結託し、人間界に戒めを与えたくなる気持ちも、理解できる。
それに気づいたサタンが、自分の手で地獄に連れてゆくとまで豪語していたキアヌ・リーブス。そんなキアヌ・リーブスが柄でもなく崇高な自己犠牲によって、自殺経験者でありながら、天国に行けるというその最後に、
「オマエはまだ生きてろ!」と、肺ガンを取りだすシーンが、印象的だった。

それにしても、地獄の雰囲気は、メイル好みではない。
あんな様子なら、やっぱり地獄には行きたくない。
「母親はほんとうに天国に行けたのだろうか?」
メイルは考えたくないのに、考える。
母親にとって、自分の思い通りに話せないことは、間違いなく地獄だったに違いない。
しかも、口から何も食べなくなってしまって、人間界にいながら、あれほどの地獄の苦しみを味わったのだから、メイルは、心からそう思いたがっている。
「あの母親なら、きっと、どこに行っても大丈夫だろうけど…あんな化け物たちにも、ひるむわけがない。それどころか、そんな変な格好して、バカじゃないとせせら笑っているに違いない」
そんなふうに考えたら、不思議なことに笑みがこぼれてくる。
「母さん。ほんとうにボクと話したいなら、そっちにいた方がいいぜ!」
メイルは、思わず大声を上げる。
と同時に、本気で、そんな不気味な悪魔どもの耳元で、キアヌ・リーブスのように、
「ボクは、メイル。アスホール…」
と言ってやりたいと考えている。
そして、タバコを取り出し、ゆっくりとおいしそうに一服する。
その途端、
「何バカなこと言ってるのよ!ほんとうに酷い子どもだねえ!」
母親の怒鳴り声が聞こえて、メイルはびっくりする。
「冗談だよ。冗談…。でも、ほんとうにどこにいるの?母さん?」
「どこだと思う?当ててごらんよ?」
「また、それだ…」
「さあ、どこにいると思う?」
「すぐそばにいる気がするけど…」
「どこだ?」
「わかった!ボクの肩の上だ?」
「……」
「どちらにしても、天国には行くなよ!もう2度と話せないから…」
メイルは、ほんとうに覚悟はしているから、もう笑うきゃない。

コンスタンティンコンスタンティン
(2005/09/02)
キアヌ・リーブス、レイチェル・ワイズ 他

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☆介護の重要ポイント19
メイルは、いい加減怒る気はしないが、厚生労働省なる不思議で不可解な官僚組織に、ただただ呆れている。
75歳以上の高齢老人医療保険システムの変更である。
まるで年寄は早く死ねと改悪しているのは事実である。
特に、驚かされるのは、その枠組みの中に、65歳以上の重度の身障者を入れ込んでいることである。
さすが、臆面のない恥さらし。
その欺瞞と狡猾さには、開いた口が塞がらない。
自分の父親と同姓同名の人が死んだら、その年金を自分の父親の口座に振り込み、掠め取る悪魔がいるくらいだから、今更の感は否めない。
どちらにしても、年金が破綻したのではなく、破綻させた悪魔どもが、跋扈している以上、何を言っても無駄だろう。
メイルは、そんな悪魔払いをしてみたいとマジに考え始めている。




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悔悟、戒護。そして、スザンヌ・プレシェット。

 
メイルは、ちょうど母親が死んだ頃に、70歳で死んだハリウッド女優、スザンヌ・プレシェットのことが、心のどこかに、ずーっと引っかかっていた。
それもそのはず、スザンヌ・プレシェットは、メイルの子ども時代の憧れのマドンナだった。
誰にも教えない自分だけの秘密の一つだった。
幼い同級生たちの
「好きな女優は?」
という意味のないカタチだけの質問に、
「スザンヌ・プレシェット」
と答えては、
「だれ?それ?」と聞かせ、
「……」
無言でトボケながら、一人で悦に入っていたメイルだった。
当時、大人気だった海外テレビドラマ「サーフサイド 6」に出演していた、スザンヌ・プレシェットは、目が大きく明るい典型的な美人女優。
メイルは、子ども心に、「これでも、同じ人間なのか!?こんなにキレイな女性が世界にはいるんだ」と、観るたび、ドキドキしては紅潮し、片思いのように一方的なファン感情を募らせていた。
それだから、現実的に、どんなに「幼い恋」で傷ついても、「いいさ。自分にはスザンヌがいるから…」と、全く落ち込むことはなかった。
それどころか、マジでアメリカに行って、逢ってみたいと考え、英語を話せるようになりたいと勉強し始めていた。
当然、生まれて初めて、自分のオコヅカイで映画館に行って観た映画も、スザンヌ・プレシェットが、トロイ・ドナヒューと主演した「恋愛専科」だった。
そして、見終わった後、映画と同じように、「いつかスザンヌ・プレシェットと自分もスクーターで2人乗りしてやる」とスキップしながら、心で決めていた。
ところが、そんなわけのわからない熱い気持ちも、スザンヌ・プレシェットが、そのトロイ・ドナヒューと結婚したと聞いただけで、一気に興ざめ、あっという間にどこかへ消えてしまったから、驚いた。
もしかしたら、メイルにとって、それがほんとうの意味での失恋だったのかも知れない。
確かに、そのころメイルは、カルピスが好きだったのに、それ以来、あまり飲まなくなっていた。
間違いなく「カルピスは初恋の味」だった。
ただ、映画「恋愛専科」のテーマソングだった、「アルディラ」というカンツオーネのメロディーだけは、なぜか、なかなか忘れなかった。

メイルは、自分の理想の女性を永遠に探し続けることが人生、そう決意してワガママ放題に生きた。
ある種、だれもが夢にする生き方を続けた。そのために、親に一生かけても償えないほどの物理的な迷惑をかけることになった。メイル自身は、全く後悔していなかったが、やはり親には後ろめたい気持ちが残った。
少しでも、そう反省して、働き始め、まさかのときに、親にだけはもう一度迷惑をかけたくはないと考え、高額の生命保険に入り、その保険金で今までのことを精算して欲しいと、遺言状を作った。
それでも、メイルは、親が自分より先に死ぬなどと、ただの一度も思ったこともなかった。
沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。
罪障で、自分がすぐ死ぬと決めていた。
それ以上に、いくら考えても、メイルが、生きている限り絶対に受け入れたくないことは、親の死でしかなかった。
そのためには、親より早く死ねば、親の死と直面しなくてすむと一人で手を叩いていた。
「頼みもしないのに産んだのだから、死んだときも責任を持って面倒見てくれ。死んでも葬式を挙げないでくれ。遺灰は生まれ育った川にまいてくれ」というような恥ずかしい内容を、遺言状に書いていた。
メイルは、母親が死んで、3ヶ月あまりが経って、ようやく、その遺言状をシュレッダーにかける決心をしている。
今の状態の父親が読んでも、何の対応もできないということもあるが、メイルはメイルで、介護と悔悟にあけくれる毎日のなかで成長していたこともある。
それに、肝心の保険まで、介護のために解約しているから、何の意味もない。
なのに、メイルは、自分の生まれて初めて書いた遺言状を、破棄してしまうことを必要以上に恐れていた。
スザンヌ・プレシェットが、不意に結婚し、あれだけ子ども時代のメイルを傷つけときながら、すぐに離婚し、アルフレッド・ヒッチコックのホラー映画のような「鳥」に出演し、さらにキライにさせられたのに…。いつも心の片隅で、気にし続けたことと似ていた。
しかも、スザンヌ・プレシェットは、晩年、英語版「千と千尋の神隠し」で、「湯婆婆」役の声優までやって、また新たなショックをメイルに与えた。
そんなスザンヌ・プレシェットの死が、メイルに、いままさに幼い時代の思い出の永遠の終焉を、間違いなく教えてくれていた。

あれは、まるでスザンヌ・プレシェットの結婚による「センチメンタル・ジャーニー」かのように、同級生の家に、家出していた時だったから、確かメイルが中学2年の春のことだった。
「こんなに口うるさい母親とは一緒に暮らせない」、「こんなに女々しい兄とは一緒に暮らせない」、「この家は2人のためのものであり、自分の入り込む場所はどこにもない」、それが、ほんとうの家出の動機だった。
そんなメイルを、3日もすると父親が、友だちの家まで迎えに来た。
淡々とした男同士での会話の中で、思わず父親がメイルに言った。
「お母さん。あれでも、ほんとうに昔キレイだったんだぞ」
メイルは、
(エーッ、ウソー!)と小馬鹿にした表情をしながら、内心、スザンヌ・プレシェットの顔と母親の顔を比べていた。
「だから…、女は顔じゃないし、頭のよさでもない!」
思わずメイルは、言い放ってしまった。
「そんなこと言ったって、たった1人のオマエの母親じゃないか…」
父親は、明らかに当惑していた。
「父さんが、何であんな女と結婚したのかは、ボクには関係ないけど…ボクだったら、もっとやさしくて、そっと男をたてるような女を選ぶね…」
いま考えても、赤面するようなことを、ためらいなくメイルは言い続けた。それも、心の中に、はっきりとスザンヌ・プレシェットの存在があったからと言えた。
「父さんは、お母さんがそんなに悪いとは思わないがな…女なんて、みんな母さんみたいなもんだと思うがな…」
その言葉が、メイルを意地にさせた。
「女は明るくて愛嬌があって、そばにいて、ほわんとあたたかく包んでくれるようじゃないと…」
「そんな女が現実にいるわけないだろう!」
父親も、さすがにいい加減にしろと言う表情になった。
「そんなことないよ!」
メイルは、一歩も引かずに、言い切った。
スザンヌ・プレシェットがはっきりと頭にあったからである。

それなのに、いまやこの世に2人ともいなくなってしまったのである。
メイルは、とても不思議な気持ちになる。
いま思えば、母親とスザンヌ・プレシェットは、別に何も変わらない。2人の間に、何の違いも感じない。
もしかしたら、2人の死によって、メイルは成熟したのかも知れない。
その証拠に、ようやくメイルは、遅すぎたかも知れないが、生まれて初めて、生きることの摩訶不思議さに真っ向から対峙し、生きること自体に好奇心を覚えている。
「夢は、現実を否定するために見るものではなく、一個一個の現実を受け入れたうえで、ただ生きるために絶えず描き続けるものなのだ」
遺言状をシュレッダーにかけながら、メイルはなぜか元気になっていた。

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☆介護の重要ポイント18

もともと人間はカヨワイ存在である。
あたかも、何か理屈じゃないパワーによって、試練のようなものを与えられると、その弱さを見せまいということばかりに気を取られ、肝心の何のための試練かがわからなくなりがち。
とりわけ、それが介護のように親との係わりのある問題になると、より力が入ってしまうものである。
このことに、早く気がつかないと、必ず破綻が生まれる。
自分のかけがえのない親なのだから、自分の力で何とか世話をしてあげたい。
そう思っただけでも、失敗する。
確かに、不十分で矛盾だらけの社会のシステムでも、できる限り、それを巧妙に利用することを1番に考えよう。
こんな我が国の情けないシステムなのである。
最初から、理想通りになんて、何もできないと知ることから始めよう。





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介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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