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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、「トム・クルーズ」のごとく!

 
母親の一周忌。
もう1年も経ってしまった。
あの絶望的で夢の見ようがない介護度5の日々の5年に比べたら、アッ!という間。
しかも、若い頃と違って、メイルは母親の死後、よく話し合うようになっているので、その実感が湧かない。
とりわけ、父親の死後、その回数が増えているから、本当に昨日のことのよう…。
せっかく母親が必死に作り上げたダンディーな男のイメージから、途方もなく乖離し、ただのワガママな老人男になりさがった父親の実像を、あちらで母親が許さないのでは?と心配しているからである。
メイルは、母親とは逆に、モボ(モダン・ボーイの略)だったくせに、しがない国家公務員を装いながら、おしゃれに、ギャンブルに、女遊びに命をかけていた、父親に思慕の念を抱いていた。
一人じゃ何もできない、どうしようもなくルーズでだらしない、上辺ばかりとりつくろう典型的な日本人男性を、別にこれでいいじゃないかと歯牙にもかけていなかった。
それなのに、なぜ母親のような勘のいい女性を選んだのだけは、理解できなかった。
メイルは、母親の女学校時代の総代メダルを捨てられず、自分のジュエリーボックスに入れて、後生大事に保管している。
それと一緒に、母親の弟が戦艦大和に乗りこんでいたらしく、その乗組員証みたいなものまで、仕方なく保管している。
どうせ、これらもメイルが生きている間は忘れられることがないだろうが、その後は、ただのゴミになることだけは間違いない。
それでいいに決まっている。
万物流転。
それにしても、会ったことも話したこともない叔父だが、戦艦大和の中で、どんな気持ちで死んでいったのかな…と、最近メイルはたびたび考えさせられる。
そして、そうじゃない、そうじゃない、その叔父はどう生きたのかと考え直してもいる。

メイルは、この数か月、DVDで「ラストサムライ」ばかり見ている。
主演のトム・クルーズが、最近封切りの「トロピック・サンダー」というハチャメチャ・コメディに出演して、眼鏡をかけたチビはげを演じていると聞いたから、余計である。
ともあれ、トム・クルーズは、ラストサムライに関わり、人間的に一皮も二皮もむけた。
それは、朝焼けの中で、独り刀を振り回す姿に、理屈抜きに共感できたからだった。
「No mind(無心)」
それこそが、人間の原点と言って過言ではない。
日本人はもちろん、生を受けた人間すべての基本形が無心、無私無欲。
メイルにとって、「ラストサムライ」は、ともすると萎えてしまいがちなときに、勇気をくれる映画なのである。

Honesty and justice:義
人に誠実を貫け。他人に惑わされず、己の正義を信じよ。真の侍に、誠実と正義に関しての曖昧さはない。あるのは正と邪のみ。

Polite countesy:礼
侍は無慈悲ではない。己の強さを示す必要はない。侍たるもの、敵にも礼節を尽くすべし。他者に敬意を示さぬ者は獣と同じである。侍は戦いでの強さのみならず、他者への遇し方により敬われる。困難な時にこそ、侍の真の強さが示される。

Heroic courage:勇
行動を恐れる人の先に立て。物陰に身を潜めることは死ぬも同然。侍たるもの、英雄的勇気を持つべし。それは危険であり、命の保証はない。だが、真に素晴らしい生き様である。英雄的勇気は闇雲に突き進むことではない。知的かつ強く生きることである。

Complete sincerity:誠
侍が事を口にしたならば、それはすでに行われたと同じ。侍は一度口にした事は、必ず遂行する。侍は言質を与える必要はない。約束は必要ない。侍には、言葉と行動は同義である。

メイルはまさに目からウロコだった。
とりわけ、トム・クルーズが最後の決戦を前に、小雪から戦の装束を着せられるシーンに興奮していた。それは、脱がせることよりセクシーだという短絡なもののせいだけではなかった。
メイルは、母親を思い出した。
脳梗塞で倒れて以来、普段あれほど小まめに衣服を変えていたのに、自分でそんなことさえできなくて、どれだけ歯痒かったか…自分がしてあげたのは、せいぜい枕カバーの取り換えだけだった。
結局、自分は母親からさんざん服を着せられたが、自分はただの一度も母親に何かを着せることはなかったと、意気消沈させられた。
他人に服を着せるという行為が、人間が生きている間にできる数少ない貴重な瞬間だと心の底から再認識させられた。

どうあれ、このトム・クルーズに、必死に自己投影しながら、メイルはどう生きるか、そして生きている限り侍でありたいと、それだけは決心している。
映画のタイトルである、「last」には、「最後の」という意味のほかに、「継承すべき」という意味が含まれている。
そうメンタリティは、感じられる人のものでしかないからである。
とりわけ、明治天皇が言った言葉を反芻している。
「我々は強くて独立した近代国家を築きたいと望んできた。そして、鉄道や大砲や西洋の衣服を手に入れた。しかし、忘れてはいけないことは、日本人たるものの在り方、あるいは日本人の持つ伝統や歴史(But we cannot forget who we are …or where we come from)」
だからこそ、また深く反省してもいる。
介護には、もっと強い侍の精神で臨まなければならなかったのかも…と。

☆介護の重要ポイントー28

メイルの母親のような脳系の病気による介護度5の人間を、「脳卒中難民」と呼ぶらしい。
人間は、強欲だから、明日は我が身と誰も考えないということがよくわかる。
必然的に療養型病院や療養通所施設の厄介にならなければ、家族も生活ができない。
それなのに、介護保険法改正で、負担が大きすぎる。
反対に、施設側は、ほとんどが赤字で苦しんでいるという。
なぜ、こんなことが起きるのか、答えは簡単。
政府が無策どころか、想像力一つないからである。
年金と全く同じ。
今の首相なりたかった症候群の首相は、脳卒中難民は、何もしないでもらうことばかり考えているというホザク始末。
メイルも指摘してきたが、介護士の待遇は、まるで女工哀史。
それをようやく改善する話がまとまったら、それを保険料180円アップで補うというから言語道断。
実は、介護保険料、あまりにも節約しすぎて、余っているのである。
それも、年間1400億円(2006年)もである。
一体、誰を信じればいいのか、話題の非正規社員を介護に、脳卒中難民の世話をさせれば、などという不届き者が出てこないことを切に、メイルは祈っているが…。



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プロフィール
 

介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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