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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、「ショーン・コネリー」のごとく-1

 
メイルは、一心不乱に日々を生きている。
生活のために、東に、西に、北に、南に、奔走し回っている。
お陰で、余計なことで滅多に悩まない。悩んでいる時間さえないからである。
内心、結構、歓んでいるし、ホッとしてもいる。
もしかしたら、メイルは生まれて初めて、無心になれているのかも…。
とりわけ、いつもの「真っ直ぐに死に向かって、微笑みながら生きていける人間って、一体何者なんだろう?」という自問自答をしなくてすんでいるだけで、いい気分。
あれだけ眠れなかったのに、今は疲れ果てて、いつのまにか眠ってしまう。
なんとなく、こういう生活の方が気楽。
人間、本来、生活苦であるべきなのかも…。
ただし、その代わりに、よく夢を見る。
眠れるようになったのだから、当然なことなのかも知れないが…。
メイルは夢を見ては、夢を見た事実に正直驚愕している。
そのくらいずーっと夢を見た記憶がない。
ちょうどいい。目が覚めている時に夢を見られないのだから、せめて眠っている時に夢を見ればいい。
メイルはそう考えようとしてみたが、そうもいかなかった。
本来、毎日夢は必ず見ていて、記憶できるかできないかの差違でしかないと理解していても、複雑な気持ちになるだけだった。
なぜか夢に毎回必ず母親が出てくるからだった。
目が覚めると、今度はそのことが気になり始める…。
「早くこっちに来なさい。話があるの!」ということかな?と思ったが、どうやらそうではない。
それもそのはず。
放っておいても、それは時間の問題で、そんなに急ぐことでもない…。
それでは、他人の慈悲や恩義を受けて生き永らえていることを、恥ずかしいと怒っているのか?と思えば、そうでもないらしい。
「参ったな。何の用?黙っててはわからないよ…母さん!」とメイルは、少しイライラさせらている。
「しばらく放っておいてよ。そんなに心配しないでよ。そっちに行ってまでボクのことを気にかけないでよ」とメイルは叫びたい衝動に駆られる。
途端に、いつものように映画「Playing by heart(邦題:マイハート、マイラブ:原題のまま、心で奏でる、方がいいのに…)」のショーン・コネリーの顔が脳裏に浮かんでくる。
メイルは、今の自分のイメージを、恥じらいもなく勝手にそのショーン・コネリーに重ねていたからである。
歳を取ったら、そんなショーン・コネリーのようなムードの男になりたいと思い続けていたせいからなのか、他愛のない白日夢でしかなかったのだが…。

映画の中で、ショーン・コネリーが、長年連れ添った妻と夫婦ゲンカになる。
結婚40周年記念のパーティーを前に、夫であるショーン・コネリーが脳腫瘍と宣告され、気丈に思えていた妻の狼狽と憔悴が酷くなっていたからだ。
ショーン・コネリーがテレビを観ている。
リビングのテレビでは、さりげなく、バイアグラを飲んでいるかどうか聞かれた男が、思わずバイアグラをこぼしてしまうと、それを犬が代わりに飲んで、ビンビンに元気になってしまったというギャグが流れている。
思わず苦笑いするショーン・コネリー。
そこへ妻が、「話し合いましょう」と切り出す。
「我々の結婚は、本気で救えると思う?」
「いいえ、ごめんなさい」
「話し合うことはない。そりゃ、あるけど、話したくない。いつもならジョークで笑ってくれるのに…」
「オーケー。結婚40周年のパーティーは?」
「何も変えない。君が一緒でも一緒でなくても、予定通りにパーティを開く。いくら脳腫瘍でも、普段通りにしているのが、使命だ」
その妻へのショーン・コネリーの接し方は、まるでメイルだった。
ただし、メイルの相手は妻ではなく、母親だった。
実際、その妻ジーナ・ローランズは、外見、雰囲気、性格は、本当に瓜二つだった。
聡明で鋭敏で自己主張の強い、この手の女性は、自分の生活のリズムが変わることに、なりふり構わず取り乱し、時として利己的で独善的になる。
そう、男にとって、実に手強い。
いつのまにか、すべての主導権を握っているからである。
それにしても、情念の怪物と化した女性の扱いに、どうしていつも男たちはこうも手を焼くのか?

メイルはいつものように、近くのスーパーマーケットで買って来たばかりのトマト、キュウリ、そのまま食べられるアスパラガス、ニンジンを洗って、コレステロールを下げるマヨネーズをつけて、手で掴んで食べながら、「母さん。何を言いたかったんだよ」と考えている。
実際、メイルの母親が死んでまだ16ヶ月でも、メイルが母親と直接普通に会話をしたのは、5年以上前なのである…。

☆介護の重要ポイント-35

介護ベッドで、要介護者が事故死してしまう悲惨なケースが、2007年以降、すでに8件も起きている。
6cmの手すりのすき間に、あろうことか頭や首を挟んでしまった結果だという。
片方にマヒを生じた場合、動かせるもう一方の手足が思いがけないほどのパワーを発揮し、ベッドの手すりの柵をたわませ、広げてしまうらしい。
実際、メイルは、自分の母親で、その心配をずうっとしていた。
それはそうである。
生きている限り、身体は勝手にいろいろ反応するに決まっている。
介護ベッドの改善が検討されているというが、あんまり当てにはできない。
こんな時代である。
ほとんど死にかけてしまった人のために、余計な経費をかけたり努力をしたくないに決まっている。
残念なことに、それが我が国の介護の根幹には間違いなくある。
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プロフィール
 

介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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