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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

孤独な悔悟死? 「大原麗子」に、「山城新伍」に合掌!

 
メイルは、今、居候生活をしている。
こんな時代にふさわしく、オフィスごと恥を忍んで、人様の厄介になっている。
そして、お世話になっているついでに、規則正しい食事まであてがってもらってしまっている。
その食事がメイルの口に合っていて、毎日、感激してしまっているから、余計に心苦しい。
精確に言えば、あまりにもの感謝の気持ちで、どう恩返しすればいいのかと苦悩している。
それはそうに違いない。
自分の母親と同じ歳の老婦人の真心のこもった手料理なのである。
どれもこれも自分の母親が作ってくれたような味つけで、涙を零しそうなくらいの美味を堪能させてもらっている。
メイルは、いくら思い出そうとしても、最後に母親の手料理に舌づつみを打った日を思い出せない。
それが何だったのかも思い出せない。
7年以上の歳月は経ってしまっている気がするが、全く思い出せない。
それでも、母親がよく言っていた「居候、三杯目はそっと出し」という言葉を思い出し、必死でお代りをしないようになんとか努力している。
そして、食事をふるまわれながら、「母さん、わかってるよ。心配するなよ。テーブルマナーは守っているし、がっついたりしていないし、一番気にしてるだろうお礼も必ずするから…」と、メイルは母親にそっと誓っている。
それから、「自分できちんと母さんが恥かかないほどの恩返しをするから、安心していて…。だから、まだ絶対にそっちに行かせないで、後生だから…」と、メイルは母親にはっきり約束するとともに懇願している。
ただただ見栄っ張りで負けず嫌いだったメイルの母親は、今ごろその心配で、メイルのように眠れない夜をそっちで過ごしているに違いない。
それにしても、カボチャの煮方はどうしてあそこまで同じになるのか、メイルはあれほど好きだったカボチャの煮物を食べるのをためらいがち。
その一方、最近のメリハリのない不純な天候を心配してもいる。
決して口には出されていないが、メイルの母親がそうだったように、こういう天候ではカラダの調子がよくないに決まってるはず。
「急がなきゃ、とにかく急がなきゃ」
メイルは始めている新たな仕事を早く成功させようと焦っている。
そんなメイルの気持ちを知ってか知らずか、不気味な地震が立て続けに起き、メイルを一気に追い込んでもいる。
「とにかく、急がなきゃ。だから、地震よ、お願いだから、もう少し我慢していて…」
あれほどまでに大地震を切望していたメイルなのに、足の具合の悪い老婦人のことを考えると、柄でもなく母親に本気で祈らざるを得ない。
もちろん、まさかのときは、命懸けで助けると決心している。

そんなときに、「大原麗子」の訃報のニュースが入ってきて、メイルは吃驚仰天した。
10日以上前から連絡が取れず、心配した弟さんが警視庁に連絡し、成城署員が不整脈で病死していた大原麗子を発見したため、「あまりにも孤独な女優の最期」と連日マスメディアが取り上げている。
「ギラン・バレー症候群」なる難病を患い苦しんでいたなんて、メイルは全然知らなかった。
そんな難病のことなど、つゆ知らなかった
それでいて、その難病の症状が他人事の気がしなくて、余計ショックを受けた。
それ以上に、東京都世田谷区の白壁で洋風の豪邸で、そんな難病の再発と戦いながら、2度の乳癌手術を受け、鬱病にかかり、つい半年ほど前まで91歳の母親を独りで介護していたということに、絶句させられた。
それだって、大原麗子が昨年11月自宅ガレージで転倒事故を起こし、右手首骨折と膝を打撲する重傷を負ってしまい、泣く泣く実母を施設に入れたというから、思わずメイルは合掌していた。
その事故の際、インターホン越しの取材に「なんでこんなときに…。母の介護で大変なのよ。私のこんな苦労は誰も分かってくれない…」と言って大泣きしたという大原麗子に、また合掌。
さらに、「本当に歩くのがやっとなの。でも、同じ病気で苦しんでいる人もたくさんいるから、お願いだから、うまく記事を書いてね。本当は何度も再発しているの。でも、そう言うと同じ病気の方が怖がると思うから、病気を公にしたくなかったの」と言ったという大原麗子の心根に、またまた合掌。
そのうえ、インタビューアーに「長年女優の仕事をしていると、声を聞いただけで、その人のナリがわかるの」と言ったという大原麗子に、もう一度合掌…。
東京・文京区の和菓子店に生まれ、小学校高学年のときに両親が離婚し、父親は従業員とすぐに再婚?。母親と2人きりで家を出て1964年に女優デビューした大原麗子にとって、母親を面倒看ることは、人間としての意地だったに違いない。
「仕事は私の生き甲斐。家庭は安らぎとわかっていても、私は仕事に入ると何もかも忘れてしまう。結局、私も男の立場で、家庭の中に男が2人いたっていうことで、家庭の中に男は2人いらない」という大原麗子の本音もよくわかる。
もっともそんな父親せいで、大原麗子は、相当「エディプス・コンプレックス」が強かったに違いない。
結婚した2人の男は、俳優の渡瀬恒彦、歌手の森進一とどちらも女型、離婚も必然か…。
ともあれ、タレント好感度調査で、1976年以来14度のトップを獲得し、「すこし愛して、なが~く愛して」と語りかけるサントリーウイスキーのCMで「癒やしのヒロイン」と言われ、かわいい女性のイメージが定着したということはわかる。
しかし、「強い女」の先駆け的存在だったということには承服できない。
ところで、メイルは、若いころ、大原麗子と2人きりで会っている。
かといって、もちろん、知り合ったわけではない。
何10年も前、メイルが親友の見舞いのために東京・乃木坂の「井上外科」に行ったとき、そのときの夫であった渡瀬恒彦の入院に付添っていた大原麗子と、病院のエレベーターで、偶然、一瞬2人きりになっただけ…。
大原麗子はノーメイクで水色のトレーナー1枚だった。
そのときの率直なメイルの印象は、「確かに目が大きくてかわいかったけど、小さかった…自分の母親みたいに小さかった」、それだけだった。
メイルが4階のボタンを押して「何階ですか?」とジェスチャーすると、無言で同じと4階のボタンを指差したことを鮮明に覚えている。
そんな大原麗子が、いつのまにか自分の難病と母親の介護に苦労していたとは、メイルは凄く不思議な気分。
それでいて、その母親より先に死んでしまうなんて、人生はやっぱり不可解。
誰もが、自分の人生を思い通りにできないのは、世の常か。
その意味で、母親の介護を生活設計に入れてなかったのは、きっと大原麗子も同じだったに違いないと、メイルはホッとしている。
どちらにしても、メイルが後どのくらい生きても、いくら偶然でも、もう大原麗子と二度と会うことはない。
そう考えるだけで、あのエレベーターでのほんの一瞬の記憶が、メイルの人生の中でのたった一度こっきり見た大原麗子の面影がなぜか鮮明になってきて、ますます吃驚仰天。
ところで、メイルは、大原麗子が難病を抱え独りで死んだことを、不幸な「孤独死」と憐れんでいるヒトたちに、かなり憤慨している。
誰もが死ぬときは、独りぽっち。
その絶対的真実からしたって、何で憐れむことができるのか?
どこを人が同情できるか?
メイルは大原麗子の死を「孤独死」と憐れむヒトたちに聞いてみたい。
孤独でない死とは、一体どういうものなのか?
本当に大勢の家族に看取られるて死ぬと不幸じゃないのか?
それこそ、最愛の人に抱かれて死ぬと幸せなのか?
そう思って納得したいのは生き残った方のヒトではないのか?
一度死んだ方の人の気持ちも聞いてみた方がいいと思うが?
人間が自分の死を何となく予感し、人間としてのプライドからその死を真摯に受け入れようと覚悟したとき、その人間は幸か不幸かなどという低次元の世界から離れ、涅槃のような世界で自分の人生のノートを粛々と閉じるだけでいいのでは?
大原麗子は、母親を施設に入れた後、生き甲斐であった女優の最後の仕事として、正々堂々、自分の死のパフォーマンスをしたとメイルは確信している。
だからこそ、這ってまでして携帯電話をかけようとはしなかったのでは?
メイルには、その気持ちがイヤというほどわかる。
なぜなら、それは決して他人事ではないから…。
そう言えば、「大原麗子と会ったよ」とメイルが母親に言ったとき、「美空ひばりみたいに、母親がそばに付きっ切りで売り込んでる子でしょ、可哀想に…」と言っていたことを思い出した。
人生、それぞれにそれなりのドラマがあるのは、本当かも…。
あれは一体どのくらい前だったのか、よく思い出せないことの方が恐ろしいが…。

そうこうしていたら、今度は「白馬童子」の山城新伍の訃報が飛び込んできて、メイルはまたまた吃驚仰天。
というのも、メイルの母親が、テレビのクイズ番組の司会で歯に衣着せぬ毒舌を吐いていた山城新伍を見ながら、「この山城新伍はお前によく似てるわ」とよく言っていたからである。
その山城新伍も10年前から糖尿病を患い、元家族(?)から見捨てられ、都内の福祉施設でひっそりと死んだ「孤独死」と、こちらもヒトの憐れみを買っている。
こちらだって、それこそ「大きなお世話だ」と、メイルは山城新伍の代わりに怒っている。
「オレがスキャンダルとゴシップで、家庭がメチャクチャになったとき、あれだけさんざんウレシがり、オモシロオカシク言っておきながら、死んだときぐらい放っておいてくれ。どんな後悔をしながら死のうとオレの勝手だろうが、どこでどう死のうと、人様に迷惑をかけない限り…」と。
メイルは本気で、「孤独死」と憐れもうとするヒトたちに義憤を覚えている。

それにしても、メイルは老婦人から、「お盆はどうなさるの?」と尋ねられ、「……別に」と答えたことを母親が怒っているのか、メイルの記憶にある人たちが次々に死んでゆく。
「母さん、父さん、ボクにとっては、毎日がお盆だよ。いくら後悔してても、覆水盆に返らず…ボクも腹水に帰れず」と苦笑いしながら、メイルは老婦人への恩返しに性急になりつつ、自分は孤独死と憐れまれても一向に構わないと改めて観念している。



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プロフィール
 

介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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