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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、またまた「ジャック・ニコルソン」のごとく。

 
メイルは、かなりの衝撃を受け、倒れそうなくらい目を回している。
やむをえない事情から、何十年振りに、写真に撮られた自分の顔をシゲシゲと見て、「I can't believe it's really me(一体おまえは誰だ? 何者だ?)」と、その写真を破りたくなる衝動を抑えるのに必死だったからである。
髪の毛が少なくなることは、かなり前から覚悟していたつもりだった。
けれども、これほどまでに、目の周りのコジワが、顎のタルミが、耳毛が醜悪になるとは、全く予想していなかった。
「これじゃ、いくら母親似でも、まるで母親そのものじゃないか…冗談じゃない。勘弁してくれよ。20年早いよ」と顔写真を床に投げつけても、胃がグルグルし、体中の血管がドキドキし、冷や汗がジワジワ滲み出てくる。
そして、「Life is short.I can't waste my other minutes(人生は短い。自分の残りの時間をムダにできない)」と呟いた瞬間、メイルは映画「about schmidt(シュミットについて:邦題アバウト・シュミット)」のジャック・ニコルソンのことをまた完全に思い出した。

子どものころ、自分は特別。いつか偉い人間になるのが運命。自分の会社を創り、それを大会社にして、雑誌や新聞に名前が載る人間になりたかったジャック・ニコルソン。
それが夢は叶わず「Woodmen(木製人間?」という保険会社で勤続32年。定年になり、結婚42年の妻に大型トレーナーはを買わされ、「一緒に新たな人生の章を創りましょう」と言われれいた矢先に、その妻がメイルの母親と同じ病気で、介護度5で5年以上口惜しい思いをさせられたメイルの母親と違って、急逝する。
そこから始まる、ジャック・ニコルソンらしい人生の哀愁に満ちた、熟年男物語…。
正直、そのジャック・ニコルソンを初めて観たとき、メイルは父親のようだと思っていた。
そのころは、メイルの母親にあんなことが起きるなんて全く想像できないほど、母親はまだ元気だった。
55歳での定年を選び、早くから自分の好きな山野草三昧をしていた父親をメイルは微笑ましく思っていたが、母親は気に入っていなかった。
それゆえ、父親の悠々自適はそれまで自分を好き勝手にさせてくれなかった、母親への面当てのようにも感じるところもあった。
今考えると、メイルの父親にとって、山野草はジャック・ニコルソンが月22ドルで養父になったアフリカ貧民の子のンドングだったのかも知れない…。
どうあれ、ジャック・ニコルソンが隣でイビキをかいて寝ているその妻に対して、毎晩「Who is this woman who lives in my house(自分の家に住んでいるこの女は誰?)」と感じているのは、きっと母親に対する父親の気持ちと同じだと苦笑していた。
それだけじゃない。くだらないモノを買う、新しいモノを食べたがる、人の話をさえぎる、賞味期限前のモノを棄てる(これは逆だったかも…)、座り方、食べ方、何もかも気に入らないと感じてるのでは?と推測せざるを得なかった。
実際、メイルは、ジャック・ニコルソンのような父親を観て、「男はそばに確実にあるものにはアリガタミを感じないんだ。ともすれば、トイレの中にかけられたタオルのように扱うものなんだ」と痛感していた。
ジャック・ニコルソンは、妻から「トイレは座って使え」と言われていたことを相当根に持っていた。
だから、妻が死んだあと、立って思う存分にトイレを使えて大喜びだったし、妻の棺桶も安いものを選んで娘になじられていた。
今考えると、孤独な男はヤケクソな気持ちになるものだと理解できるが、メイルもジャック・ニコルソンの娘と同じにそんな父親の態度にはイヤな気分になっていた。
そう言えば、ジャック・ニコルソンが妻の死後、アテにする結婚前の娘に「いくらオマエが年を取っていても、あんなオトコは不似合いだ。もっと標準以上のマシなオトコがいる。あんなオトコとの結婚を止めろ」と言うと、「今さら父親のようなことを言うの」と言い返されて、困惑していた。
メイルの父親もそうだったが、男という者はなくなったり、なくなったりしかけないと、そのアリガタミは痛感しないものなのかも…。
どちらにしても、独身のメイルにはわからないのが、ジャック・ニコルソンは結婚して42年、父親も結婚して60年ということにこだわっていた男の気持ち?
どう考えても、「自分の自由をその間失った」と恨んでいる気がするのだが…。
そして、父親とジャック・ニコルソンに共通するのが、妻の荷物に関する興味のなさ、ジャック・ニコルソンはどこか後ろめたさと孤独感から妻の化粧品をいじっていたが、父親はどうだったのか?と少し気になっている。

ともかく、メイルは、そんな父親のことだと思っていたジャック・ニコルソンが、今、自分のような気がして、動揺している。
このジャック・ニコルソンとは真逆に、結婚もせずに、子どもを立派に育てることも家庭を持つこともなく、好き勝手に好き放題し放題してきたのに、金のために自己犠牲することなく生きてきたのに、同じ虚無感を味わっている。
人生って不思議…。
メイルは、ジャック・ニコルソンが定年の記念パーティーで味わったような虚構は一度も経験しなかったのに、なぜ?という気持ちになっている。
メイルが忌み嫌ったものが、その「Goddamn things!(何の意味もないもの)」…。
ジャック・ニコルソンが、自分の妻と不貞関係にあったことが妻の死後にわかる親友から、その定年パーティーで贈られた「こんなカタチだけのギフト、ディナー、社会保障や年金、上っ面の言葉には何の意味もない」という言葉に共感している。
だからと言って、ジャック・ニコルソンのようにどこかに旅したいとは思っていない。
孤独がイヤだとも思っていない。
年を取って独りでいることに、演技をしなくてすむ安堵を覚えてもいる。
ただ、ジャック・ニコルソンが娘のために精一杯のガマンをして、結婚式に出席し、家に帰り、カタチだけの6歳のアフリカ貧民の子ンドングから送られた1枚の絵に涙した気持ちは、メチャクチャわかる…。
だからこそ、そのためにも一日も早く蘇らなきゃとメイルは改めて決意している。







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プロフィール
 

介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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