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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、再び「クリント・イーストウッド」のごとく-1。

 
メイルは、ひょんなことから古くて大きな家に独りで暮らすハメになったせいか、父親のことをやたら思い出している。
というより、メイルは、現在のご近所の人々が自分のことを、父親を見ていた実家の近所の人々のような目で見ているのでは? と自問自答し、苦笑している。
そのせいで、あのころ、父親が何を考え何をしていたのか?と思い浮かべてもいる。
突然、母親が救急車で運ばれ、それまで50年以上オシドリ夫婦であった父親はつがうことができなくなり、古くなった実家で否応なしに独り暮らしになったとき…。
メイルは、危篤!と宣告されてしまった母親のそばに救急病院に入り浸りで、正直、父親のことは後回しだった。
それでも、一応、父親の食事のことだけは気に留めたものの後のことはほとんど放ったらかしだった。
実際、父親も母親のことばかり気を病んでいて、自分の要求などは何もしなかった。
それが、母親の介護度5という自分たちでは何一つ介護できない介護生活が始まって、父親にもほぼフルタイムで訪問介護士をメイルはつけた後は、完全無視になっていた。
メイルは、好んでそうしたわけではなかった。
そうせざるしかない理由ができたからだった。
最初は、嫁姑との確執から母親とは極めてギコチない関係だった兄嫁が、父親を面倒看てくれるということになった。
兄の持ち家はかなり広く、2人の息子たちもそれぞれに一家を構えていて、スペースに余裕があったうえ、いわゆる長男でもあった。
しかし、父親はたった一日で実家に戻ってきた。
兄嫁は、父親が曾孫の娘を可愛がらないと言い訳したが、耳が遠くなっていた父親にとっておしゃまな曾孫娘はかなりタフな相手だったに違いない。
それ以上に、慣れ親しんだ実家の方が住み心地がよかったのかも知れない。
以来、40代や50代の女性介護士の方々が、とっかえひっかえ尋ねてきての上げ膳据え膳は、メイルの父親にとってミニ・ハーレム気分になったことは間違いない。
案の定、無愛想なはずの父親のそんな女性介護士たちからの評判も、「いい方で、お世話しやすくて助かります」と上々だった。
今考えると、親身ではなくウワベだけの接し方しかしない息子どもより、赤の他人の彼女たちの方がよっぽど新鮮で気分がよかったことだけは理解できる。

そんな父親のことを思い出しつつ、自分の現状を見つめていると、メイルはすぐに映画「Gran Torino(グラン・トリノ)」のクリント・イーストウッドが、脳裏に浮かんでくる。
このクリント・イーストウッドを語るには、今までになく、そのセッティングを説明せざるを得ない。
そして、メイルの父親との共通点を挙げておかざるを得ない。
クリント・イーストウッドには、2人の息子がいる。
メイルの父親も同じ。
クリント・イーストウッドは、朝鮮戦争に従軍し、随意的に不随意的に人を殺し、そのトラウマを背負っている。
メイルの父親も同じ。ただし、戦争は支那事変。
クリント・イーストウッドは、フォードの工場で勤続50年。そして、その自慢は自分でも一部を作った1972年製グラン・トリノ、コブラ・ジェット。
メイルの父親は、国家公務員として金属30年。そして、その自慢は内閣総理大臣からの感謝状。
クリント・イーストウッドの住んでいるところの環境は、ミネソタ州の片田舎の町。なぜか周りには、ベトナム戦争終結直後アメリカに逃れたモン族がいっぱい。
ちなみに、ここではラオスのモン族(Hmong)。
メイルの父親は、東京の下町。なぜか周りには大東亜戦争後リッチになった三国人がいっぱい。
クリント・イーストウッドの妻は、信心深いクリスチャン。
メイルの母親も同じ。ただし、仏教徒。
もっとも、アメリカ人精神剥き出しの口うるさいクリント・イーストウッドに対し、メイルの父親は日本人らしく全くの寡黙だったが…。
それと、クリント・イーストウッドは最後までヘビー・スモーカーだったが、メイルの父親は健康に悪いとわかってすぐに禁煙していた。
その意味では、どちらかというと、クリント・イーストウッドは、メイルにソックリかも。
さて、映画は、冒頭の妻の葬式から、意味深だった。
それまであれこれ言い訳をして疎遠にしていた2人の息子と嫁、そして孫たちが型通りの儀礼で妻の葬式に集まったこと自体に、クリント・イーストウッドはいちいちとキレまくる。
妻の遺体と遺影を前にして、不謹慎極まりなく思いやりのカケラも見せない息子たち、その孫たちの態度に、苦虫を噛みつぶした表情を見せる。
とりわけ、孫娘がへそ出しルックに鼻ピアスとへそピアスには、ドーベルマンのように唸る。
そして、一番大きな孫息子が「Spectacles,testicles,wallet and watch(目ん玉、キンタマ、財布に時計)」と十字架を切って、爆笑した瞬間には、思わず飛びかかりそうになる。
そんな父親の様子を見て、息子は息子で、「オヤジをどうする?」、「なら、兄さんが引き取れよ」と言い合い、クリント・イーストウッドはそれを見て、ブチ切れかかる。
さらに、神父の追悼の祈りの最中に、メールを始めた孫娘に「Jesus」と呟く。
それはその後の家での集会で、「飽きた。こんなところ、早く帰りたい」と言っていた孫娘が、親にうながされ「手伝おうか? オジイチャン」と言った瞬間、「No.You probably just painted your nails(いいよ。爪にマニキュア塗ったばかりだろ!)」と、直接言うことに繋がる。
そして、集会を抜け出し犬の散歩をし、ガレージで孫娘に再び遭って、決定的になる。
未成年のほんのガキのくせにタバコを吸っていた孫娘が、あわてて、「Wow.Grandpa,when did you get the vinntage car(わぅ、オジイチャン、いつこんなビンテージカー買ったの)?」とゴマカす。
すると、「1972」と答えながら、その吸殻を足で踏み消す。
ビビった孫娘は続ける。
「I never knew you had a cool old car(こんなカッコいい古い車を持っていたなんて知らなかったわ)」
「Yeah.Well, it's been here since before you were born(イヤァ、その、オマエが生まれる前からここにあるよ)」
「So...what are you ganna do with it when you, like,die(だから、仮に死んだらこの車どうするの)?」
「........」
「What about that super-cool retro couch you have in the den()? Because I'm going to state next year...and it would look really good in my room, and I don't have any furniture at all(あのむさくるしい書斎の超クールなレトロの長椅子でもいいわ。なぜって、来年には大学に行くつもりだし、あれなら私の部屋にピッタリだと思うの。それにワタシまだ家具何も持ってないし)」
途端、顔をそむけ、ツバをして、立ち去る気持ちがよくわかって、メイルは切ない。
だから、メイルは死んでも葬式が好きじゃない。
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プロフィール
 

介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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