介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
介護師、悔悟死。そして、イビチャ・オシム。
メイルはイビチャ・オシム監督にガンバレとは絶対に言わない。
心臓の持病を持ち、66歳の高齢にもかかわらず、死を覚悟してまで、日本のサッカーのために献身をした人間に、安易に、もう一度元気になって戻って、とも絶対に言わない。
あれほど一言一句に含蓄があり、センス・オブ・ヒューモア、ウイット、ペーソスを感じさせてくれた人間もそうあまりいない。
そういえば、彼は確かインテリジェンスも高く、その気になれば数学教授にもなれたはずである。
最近我が国で秀逸な提言をしてくれている藤原正彦氏も数学者であることを考えると、それも当然といえば当然なのかもしれない。
「一生懸命探すニワトリだけが餌にありつける」
「すべての偶然も、自分たちがサポートすることで幸運を自分たちの方へ引っ張ることができる」など、オシム語録なるものが高名だが、メイルが特に共感しているのは、
記者から、初来日の東京五輪から40年、日本のサッカーはどのように変ったかと問われた時「大きく成長を遂げていると思う。だが問題は、君たちマスコミだ。40年間、全く成長してはいないのでは?」
との回答だった。
守備なんかは、その時々でどうにでも対応でき、重要なのは攻撃で、攻め方を作り上げること、それはまさにクリエーションであり、人生と同じだ、と彼は明言していた。
その意味で、彼が掲げた《考えて走るサッカー》だって、日本人の本性であり、潜在能力でもある、“日本人は走りながら考える”を熟知してもいた。
俗に、“中国人は走る前に考え、日本人は走りながら考え、韓国人は走ってから考える”といわれているのである。
そんなイビチャ・オシム氏が、いまメイルの母親と全く同じだと想像するだけで、胸が痛い。
選手生活12年間でイエローカードを提示されることが1度もなかっただけでなく、
そのワルツを踊っているように華麗でリズミカルなボール捌きから「シュトラウス」と呼ばれた、誇り高き男なのである。
メイルのたった1人のシャイニングスター(一番星)である長嶋茂雄氏よりも、きっとひどいのではと思うだけで、心からそっとしておいてあげたいと思う。
メイルの母親もそうだが、インテリジェンスの高い人間は、安逸な同情を忌み嫌うはずだからである。
それにしても、彼の言う通り、最近のマスコミの、特にインタビュアーのレベルの低さには辟易とさせられる。
これも、こんな社会が作り上げてしまっているのかもしれない。
日本人の伝統スポーツとしての品格以前に、1人の人間としての品格に欠ける朝青龍を横綱として持て囃しておきながら、今度はストレスの発散でもするかのように追い掛け回したり、人間としての教育が何もなされていない亀田大毅なる未成熟なクソガキの扱いも同じである。
マスコミにも品格のかけらも感じられないとメイルは嘆いている。
肺炎の治療のために酸素マスクまでつけられてしまった母親を見ながら、メイルはただただ滅入っている。
それを誤魔化すように、自分の気休めのために、枕元で母親に語り続ける。
「母さんさぁ、長嶋監督だけじゃなくて、オシム監督まで母さんと同じなんだよ。母さんだけじゃないんだから、負けるなよ、絶対。でも、無理して頑張らなくていいよ」
☆介護の重要ポイント6
どれだけ介護度が上がろうと、人間としての尊厳、プライドを大切にさせる必要がある。
それは、生きている限り、決定権は本人が持つものであり、何人もそれを代行することはできない。介護士や看護士はもちろん、医者、家族すらできない。
ただし、社会的な手続き上、やむを得ない場合に限り、否応なしにそれは家族に委ねられる。
その場合、一生の悔悟を覚悟で、惻隠の情とノブレス・オブリージュに基づいて誰かが責任をとるしかない。それが介護の宿命である。
だからといって、そんなに心配するには及ばない。自分が死ぬまでの期間なのだから。
ブログランキングに、投票おねがいします。

心臓の持病を持ち、66歳の高齢にもかかわらず、死を覚悟してまで、日本のサッカーのために献身をした人間に、安易に、もう一度元気になって戻って、とも絶対に言わない。
あれほど一言一句に含蓄があり、センス・オブ・ヒューモア、ウイット、ペーソスを感じさせてくれた人間もそうあまりいない。
そういえば、彼は確かインテリジェンスも高く、その気になれば数学教授にもなれたはずである。
最近我が国で秀逸な提言をしてくれている藤原正彦氏も数学者であることを考えると、それも当然といえば当然なのかもしれない。
「一生懸命探すニワトリだけが餌にありつける」
「すべての偶然も、自分たちがサポートすることで幸運を自分たちの方へ引っ張ることができる」など、オシム語録なるものが高名だが、メイルが特に共感しているのは、
記者から、初来日の東京五輪から40年、日本のサッカーはどのように変ったかと問われた時「大きく成長を遂げていると思う。だが問題は、君たちマスコミだ。40年間、全く成長してはいないのでは?」
との回答だった。
守備なんかは、その時々でどうにでも対応でき、重要なのは攻撃で、攻め方を作り上げること、それはまさにクリエーションであり、人生と同じだ、と彼は明言していた。
その意味で、彼が掲げた《考えて走るサッカー》だって、日本人の本性であり、潜在能力でもある、“日本人は走りながら考える”を熟知してもいた。
俗に、“中国人は走る前に考え、日本人は走りながら考え、韓国人は走ってから考える”といわれているのである。
そんなイビチャ・オシム氏が、いまメイルの母親と全く同じだと想像するだけで、胸が痛い。
選手生活12年間でイエローカードを提示されることが1度もなかっただけでなく、
そのワルツを踊っているように華麗でリズミカルなボール捌きから「シュトラウス」と呼ばれた、誇り高き男なのである。
メイルのたった1人のシャイニングスター(一番星)である長嶋茂雄氏よりも、きっとひどいのではと思うだけで、心からそっとしておいてあげたいと思う。
メイルの母親もそうだが、インテリジェンスの高い人間は、安逸な同情を忌み嫌うはずだからである。
それにしても、彼の言う通り、最近のマスコミの、特にインタビュアーのレベルの低さには辟易とさせられる。
これも、こんな社会が作り上げてしまっているのかもしれない。
日本人の伝統スポーツとしての品格以前に、1人の人間としての品格に欠ける朝青龍を横綱として持て囃しておきながら、今度はストレスの発散でもするかのように追い掛け回したり、人間としての教育が何もなされていない亀田大毅なる未成熟なクソガキの扱いも同じである。
マスコミにも品格のかけらも感じられないとメイルは嘆いている。
肺炎の治療のために酸素マスクまでつけられてしまった母親を見ながら、メイルはただただ滅入っている。
それを誤魔化すように、自分の気休めのために、枕元で母親に語り続ける。
「母さんさぁ、長嶋監督だけじゃなくて、オシム監督まで母さんと同じなんだよ。母さんだけじゃないんだから、負けるなよ、絶対。でも、無理して頑張らなくていいよ」
☆介護の重要ポイント6
どれだけ介護度が上がろうと、人間としての尊厳、プライドを大切にさせる必要がある。
それは、生きている限り、決定権は本人が持つものであり、何人もそれを代行することはできない。介護士や看護士はもちろん、医者、家族すらできない。
ただし、社会的な手続き上、やむを得ない場合に限り、否応なしにそれは家族に委ねられる。
その場合、一生の悔悟を覚悟で、惻隠の情とノブレス・オブリージュに基づいて誰かが責任をとるしかない。それが介護の宿命である。
だからといって、そんなに心配するには及ばない。自分が死ぬまでの期間なのだから。
ブログランキングに、投票おねがいします。
Comment



