介護を超えて、悔悟のままに、「トム・ハンクス」のごとく-4
メイルにとって、正月を独りで迎えたのは、生まれて初めてだった。
お世話になっている老婦人が暮れに入院したために、まるで家を守るかのように一人。
この実家のような古い木造住宅には、部屋がたくさんあるので、かなり緊張する。
元旦の夜には、いきなり「緊急事態が発生しました」というセキュリティ会社のデジタル音声と同時に、大きなチャイムが鳴り始め、すっかり動揺させられた。
情けないことに、正月早々、強盗の襲来か?と、メイルはとっさに武器になるかもと大型懐中電灯を手に、恐る恐る階下に降りた。
木造のサッシではない窓のせいか、階下は極めてヒンヤリしていて、胃が締めつけられた。
階下には、昔の人らしく包丁がたくさん並んでいる。
メイルは、名誉のためにも、強盗を退治しなければという使命感で夢中だった。
入院している間に、強盗に入られたでは、あまりにも面目なさ過ぎで、ますます居づらくなる。
メイルは、心臓をバクバクさせながらも、必死に身構えながら、そのセキュリティシステムの機器がピクルトで表示しているお風呂場、奥の寝室をそっとチェックした。
まずお風呂場だろうな侵入者は?と、音を立てないように気をつけながら、「誰だ?」と思わず声を上げて、扉を開けた。
そのデジタル音声とチャイムの音がどんどん大きくなってきた気がする。
すると、誰もいないばかりか、窓も壊されていない。
メイルは油断することなく、奥の老婦人の部屋の扉に近づいた。
そこで、初めてこの家にお世話になって1年半、その奥の部屋に入ったことがないことに気づいて、ますます緊張する。
懐中電灯を点け、テレビで観たSWATの突入のように思いきり扉を開け、中を照らした。
いきなり仏壇が、大きな老婦人の亡くなったご主人の遺影が目に入り、ビビった。
その暗闇は、かなり広い。
メイルは、思わずいったん台所に行き、フライパンをもう一方の手にした。
それから、急いで扉の前に戻ると、恐る恐る扉の内側のライトを点けた。
スーっとした冷気と独特の老人臭が広がってきたが、誰もいる様子がなかった。
メイルは少しホッとしながらも、念入りにその部屋をチェックし、間違いなく誰もいないことを確認してから、やっと気の狂ったように大声を上げているセキュリティシステムの機器を何とかしなきゃと考えた。
そして、セキュリティ会社に電話し、やっとのことでそれを止められ、シミジミと思った。
正月、独りで過ごすことは、イヤでないばかりか望むことなのに、もっと狭い家がいい…と。
それで、思い出したことがある。
メイルが、正月、初めて働いたのは、高校三年のときだった。
家出し、大晦日まではデパートのおせち料理売り場で、元旦からは年賀状の配達のバイトをした。
3畳一間の自分の部屋の家賃と生活費と受験料を稼ぐためだった。
そして、なぜ郵便局のバイトをしたかというと、バイトが終わった後にボイラー室の仮設バスに入れるからだった。
それから、部屋に帰ると、ガールフレンドが家からお雑煮とおせち料理をタクシーで運んで待っていてくれた。
つまり、そんなときでも、正月、メイルは一人ぽっちではなかった。
それが、こうして一人ぼっちの正月を迎えても、何の動揺も狼狽もない。
基本的に人間は一人であることをイヤと言うほど確認するからこそ、人の温もりを求めるし、人を愛するもの。
その意味で、一人であることを必要以上に寂しいと思わないし、あたふたしない。
その家出したときだって、自殺など一度も考えなかったし、家を出て自立しようと本気で思っただけ。
母親と受験のことでケンカして、「自分で好きにしたいのだから、自分で何もかもをやる」と即決しただけ。
それが人間だと思っただけ。
メイルは、確かにハスッパな少年だった。
家出、そしてこの「ハスッパ」という言葉が出てくると、自然に映画「Joe wersus the Volcano(ジョー、満月の島に行く)」のトム・ハンクスを、お気に入りのメグ・ライアンが1人3役で演じるアンジェリカを思い出す。
2人の最初のLAでの出会いで、いきなりメグ・ライアンがトム・ハンクスに、「I'm totally untrustworthy.I'm a flibbertigibbet(ワタシ全く信用ないの。ハスッパだから)」と言うのが、メチャクチャかわいい。
自分を否定的に話す女性は、どこかアドラブル。
そんなワガママ娘が、いいムードの中であくまでシリアスにものを言うと、実にキュート。
突然、トム・ハンクスにメグ・ライアンが言う。
メイルはこのやり取りが大好き。
「You ever think about killing yourself(自殺を考えたことがある)?」
「What? Why would you do that(何? 何でそんなことを考えるの)?」
「Why shouldn't I(なぜ考えちゃダメ)?」
「Because some things take care of themselves. They're not your job. Maybe not even your business(なぜって、そんなようなことはそれ自身で自然に解決するもの。自殺するようなことは仕事じゃないし、関係してもいけない)」
......
「ねぇ、聞いて。If you have a choice between killing yourself, and doing something you're scared of doing...why not do the thing you're scared of doing(もし自殺するのとすることが怖いことをやるということの、どちらかを選ぶとしたら、することが怖いことをやるということを選ぶべきじゃないか)?」
メイルは、自分が家出という選択をしたことをこのシーンを観るたびに、自画自賛する。
それはそうだと思わないか?
生きるということは、怖いこと。
自殺することも怖いし、するのが怖いことをやるのはもっと怖いこと。
でも、一人の人間として生を受けた以上、するのが怖いことをやってみることが大事なのでは?
トム・ハンクスは言う。
「You see? You know what you're scared of doing.Why don't you do it? See what happens(ほらね。自分でするのが怖いことをやるのが何かわかってるじゃないか? なぜやらない? やってどうなるのか見てみればいいじゃないか)?」
その答えに対し、メグ・ライアンはまるで今の日本の子どもたちのように反発する。
「こんなふうに何もかもオープンにすべてを話したところで、アナタは何も損しないものね」
トム・ハンクスは、情けなくてみっともない日本の親や教師と違い、明確に答える。
「そういうキミのことがわからないし、誰のこともわかない。You're angry I can see that .I'm very troubled.I'm not ready to..Thre's only so much time, and you want to use it well.So, I'm here, talking to you.I don't want to throw that away(でも、キミが怒ってるのはわかるし、ボクも悩んでいるし、どうしていいかわからないし、キミにうまく使って欲しい時間だけは十分ある。だから、ここにいて、キミと話しているし、そのことを投げ出したくない)」
何もわからないくせにわかったフリをして偉そうなことを言う人より、よっぽどいいと思わないか?こういう答えが…。
その相手への思いやりは、メグ・ライアンが「Want me to come up with you(寄って欲しい)?」と誘ったとき、弱って破れかぶれになりそうな女性に手を出さず、「No」と帰して部屋に戻らず、一人ぽっちでLAの海を見つめながら夜明けを迎えることで、一目瞭然。
メイルも、毎日、そんな気持ちで生きている。
お世話になっている老婦人が暮れに入院したために、まるで家を守るかのように一人。
この実家のような古い木造住宅には、部屋がたくさんあるので、かなり緊張する。
元旦の夜には、いきなり「緊急事態が発生しました」というセキュリティ会社のデジタル音声と同時に、大きなチャイムが鳴り始め、すっかり動揺させられた。
情けないことに、正月早々、強盗の襲来か?と、メイルはとっさに武器になるかもと大型懐中電灯を手に、恐る恐る階下に降りた。
木造のサッシではない窓のせいか、階下は極めてヒンヤリしていて、胃が締めつけられた。
階下には、昔の人らしく包丁がたくさん並んでいる。
メイルは、名誉のためにも、強盗を退治しなければという使命感で夢中だった。
入院している間に、強盗に入られたでは、あまりにも面目なさ過ぎで、ますます居づらくなる。
メイルは、心臓をバクバクさせながらも、必死に身構えながら、そのセキュリティシステムの機器がピクルトで表示しているお風呂場、奥の寝室をそっとチェックした。
まずお風呂場だろうな侵入者は?と、音を立てないように気をつけながら、「誰だ?」と思わず声を上げて、扉を開けた。
そのデジタル音声とチャイムの音がどんどん大きくなってきた気がする。
すると、誰もいないばかりか、窓も壊されていない。
メイルは油断することなく、奥の老婦人の部屋の扉に近づいた。
そこで、初めてこの家にお世話になって1年半、その奥の部屋に入ったことがないことに気づいて、ますます緊張する。
懐中電灯を点け、テレビで観たSWATの突入のように思いきり扉を開け、中を照らした。
いきなり仏壇が、大きな老婦人の亡くなったご主人の遺影が目に入り、ビビった。
その暗闇は、かなり広い。
メイルは、思わずいったん台所に行き、フライパンをもう一方の手にした。
それから、急いで扉の前に戻ると、恐る恐る扉の内側のライトを点けた。
スーっとした冷気と独特の老人臭が広がってきたが、誰もいる様子がなかった。
メイルは少しホッとしながらも、念入りにその部屋をチェックし、間違いなく誰もいないことを確認してから、やっと気の狂ったように大声を上げているセキュリティシステムの機器を何とかしなきゃと考えた。
そして、セキュリティ会社に電話し、やっとのことでそれを止められ、シミジミと思った。
正月、独りで過ごすことは、イヤでないばかりか望むことなのに、もっと狭い家がいい…と。
それで、思い出したことがある。
メイルが、正月、初めて働いたのは、高校三年のときだった。
家出し、大晦日まではデパートのおせち料理売り場で、元旦からは年賀状の配達のバイトをした。
3畳一間の自分の部屋の家賃と生活費と受験料を稼ぐためだった。
そして、なぜ郵便局のバイトをしたかというと、バイトが終わった後にボイラー室の仮設バスに入れるからだった。
それから、部屋に帰ると、ガールフレンドが家からお雑煮とおせち料理をタクシーで運んで待っていてくれた。
つまり、そんなときでも、正月、メイルは一人ぽっちではなかった。
それが、こうして一人ぼっちの正月を迎えても、何の動揺も狼狽もない。
基本的に人間は一人であることをイヤと言うほど確認するからこそ、人の温もりを求めるし、人を愛するもの。
その意味で、一人であることを必要以上に寂しいと思わないし、あたふたしない。
その家出したときだって、自殺など一度も考えなかったし、家を出て自立しようと本気で思っただけ。
母親と受験のことでケンカして、「自分で好きにしたいのだから、自分で何もかもをやる」と即決しただけ。
それが人間だと思っただけ。
メイルは、確かにハスッパな少年だった。
家出、そしてこの「ハスッパ」という言葉が出てくると、自然に映画「Joe wersus the Volcano(ジョー、満月の島に行く)」のトム・ハンクスを、お気に入りのメグ・ライアンが1人3役で演じるアンジェリカを思い出す。
2人の最初のLAでの出会いで、いきなりメグ・ライアンがトム・ハンクスに、「I'm totally untrustworthy.I'm a flibbertigibbet(ワタシ全く信用ないの。ハスッパだから)」と言うのが、メチャクチャかわいい。
自分を否定的に話す女性は、どこかアドラブル。
そんなワガママ娘が、いいムードの中であくまでシリアスにものを言うと、実にキュート。
突然、トム・ハンクスにメグ・ライアンが言う。
メイルはこのやり取りが大好き。
「You ever think about killing yourself(自殺を考えたことがある)?」
「What? Why would you do that(何? 何でそんなことを考えるの)?」
「Why shouldn't I(なぜ考えちゃダメ)?」
「Because some things take care of themselves. They're not your job. Maybe not even your business(なぜって、そんなようなことはそれ自身で自然に解決するもの。自殺するようなことは仕事じゃないし、関係してもいけない)」
......
「ねぇ、聞いて。If you have a choice between killing yourself, and doing something you're scared of doing...why not do the thing you're scared of doing(もし自殺するのとすることが怖いことをやるということの、どちらかを選ぶとしたら、することが怖いことをやるということを選ぶべきじゃないか)?」
メイルは、自分が家出という選択をしたことをこのシーンを観るたびに、自画自賛する。
それはそうだと思わないか?
生きるということは、怖いこと。
自殺することも怖いし、するのが怖いことをやるのはもっと怖いこと。
でも、一人の人間として生を受けた以上、するのが怖いことをやってみることが大事なのでは?
トム・ハンクスは言う。
「You see? You know what you're scared of doing.Why don't you do it? See what happens(ほらね。自分でするのが怖いことをやるのが何かわかってるじゃないか? なぜやらない? やってどうなるのか見てみればいいじゃないか)?」
その答えに対し、メグ・ライアンはまるで今の日本の子どもたちのように反発する。
「こんなふうに何もかもオープンにすべてを話したところで、アナタは何も損しないものね」
トム・ハンクスは、情けなくてみっともない日本の親や教師と違い、明確に答える。
「そういうキミのことがわからないし、誰のこともわかない。You're angry I can see that .I'm very troubled.I'm not ready to..Thre's only so much time, and you want to use it well.So, I'm here, talking to you.I don't want to throw that away(でも、キミが怒ってるのはわかるし、ボクも悩んでいるし、どうしていいかわからないし、キミにうまく使って欲しい時間だけは十分ある。だから、ここにいて、キミと話しているし、そのことを投げ出したくない)」
何もわからないくせにわかったフリをして偉そうなことを言う人より、よっぽどいいと思わないか?こういう答えが…。
その相手への思いやりは、メグ・ライアンが「Want me to come up with you(寄って欲しい)?」と誘ったとき、弱って破れかぶれになりそうな女性に手を出さず、「No」と帰して部屋に戻らず、一人ぽっちでLAの海を見つめながら夜明けを迎えることで、一目瞭然。
メイルも、毎日、そんな気持ちで生きている。