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介護人メイルの、悔悟、改悟、開悟、戒護。
 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、「トム・ハンクス」のごとく-4

 
メイルにとって、正月を独りで迎えたのは、生まれて初めてだった。
お世話になっている老婦人が暮れに入院したために、まるで家を守るかのように一人。
この実家のような古い木造住宅には、部屋がたくさんあるので、かなり緊張する。
元旦の夜には、いきなり「緊急事態が発生しました」というセキュリティ会社のデジタル音声と同時に、大きなチャイムが鳴り始め、すっかり動揺させられた。
情けないことに、正月早々、強盗の襲来か?と、メイルはとっさに武器になるかもと大型懐中電灯を手に、恐る恐る階下に降りた。
木造のサッシではない窓のせいか、階下は極めてヒンヤリしていて、胃が締めつけられた。
階下には、昔の人らしく包丁がたくさん並んでいる。
メイルは、名誉のためにも、強盗を退治しなければという使命感で夢中だった。
入院している間に、強盗に入られたでは、あまりにも面目なさ過ぎで、ますます居づらくなる。
メイルは、心臓をバクバクさせながらも、必死に身構えながら、そのセキュリティシステムの機器がピクルトで表示しているお風呂場、奥の寝室をそっとチェックした。
まずお風呂場だろうな侵入者は?と、音を立てないように気をつけながら、「誰だ?」と思わず声を上げて、扉を開けた。
そのデジタル音声とチャイムの音がどんどん大きくなってきた気がする。
すると、誰もいないばかりか、窓も壊されていない。
メイルは油断することなく、奥の老婦人の部屋の扉に近づいた。
そこで、初めてこの家にお世話になって1年半、その奥の部屋に入ったことがないことに気づいて、ますます緊張する。
懐中電灯を点け、テレビで観たSWATの突入のように思いきり扉を開け、中を照らした。
いきなり仏壇が、大きな老婦人の亡くなったご主人の遺影が目に入り、ビビった。
その暗闇は、かなり広い。
メイルは、思わずいったん台所に行き、フライパンをもう一方の手にした。
それから、急いで扉の前に戻ると、恐る恐る扉の内側のライトを点けた。
スーっとした冷気と独特の老人臭が広がってきたが、誰もいる様子がなかった。
メイルは少しホッとしながらも、念入りにその部屋をチェックし、間違いなく誰もいないことを確認してから、やっと気の狂ったように大声を上げているセキュリティシステムの機器を何とかしなきゃと考えた。
そして、セキュリティ会社に電話し、やっとのことでそれを止められ、シミジミと思った。
正月、独りで過ごすことは、イヤでないばかりか望むことなのに、もっと狭い家がいい…と。
それで、思い出したことがある。
メイルが、正月、初めて働いたのは、高校三年のときだった。
家出し、大晦日まではデパートのおせち料理売り場で、元旦からは年賀状の配達のバイトをした。
3畳一間の自分の部屋の家賃と生活費と受験料を稼ぐためだった。
そして、なぜ郵便局のバイトをしたかというと、バイトが終わった後にボイラー室の仮設バスに入れるからだった。
それから、部屋に帰ると、ガールフレンドが家からお雑煮とおせち料理をタクシーで運んで待っていてくれた。
つまり、そんなときでも、正月、メイルは一人ぽっちではなかった。
それが、こうして一人ぼっちの正月を迎えても、何の動揺も狼狽もない。
基本的に人間は一人であることをイヤと言うほど確認するからこそ、人の温もりを求めるし、人を愛するもの。
その意味で、一人であることを必要以上に寂しいと思わないし、あたふたしない。
その家出したときだって、自殺など一度も考えなかったし、家を出て自立しようと本気で思っただけ。
母親と受験のことでケンカして、「自分で好きにしたいのだから、自分で何もかもをやる」と即決しただけ。
それが人間だと思っただけ。
メイルは、確かにハスッパな少年だった。
家出、そしてこの「ハスッパ」という言葉が出てくると、自然に映画「Joe wersus the Volcano(ジョー、満月の島に行く)」のトム・ハンクスを、お気に入りのメグ・ライアンが1人3役で演じるアンジェリカを思い出す。

2人の最初のLAでの出会いで、いきなりメグ・ライアンがトム・ハンクスに、「I'm totally untrustworthy.I'm a flibbertigibbet(ワタシ全く信用ないの。ハスッパだから)」と言うのが、メチャクチャかわいい。
自分を否定的に話す女性は、どこかアドラブル。
そんなワガママ娘が、いいムードの中であくまでシリアスにものを言うと、実にキュート。
突然、トム・ハンクスにメグ・ライアンが言う。
メイルはこのやり取りが大好き。
「You ever think about killing yourself(自殺を考えたことがある)?」
「What? Why would you do that(何? 何でそんなことを考えるの)?」
「Why shouldn't I(なぜ考えちゃダメ)?」
「Because some things take care of themselves. They're not your job. Maybe not even your business(なぜって、そんなようなことはそれ自身で自然に解決するもの。自殺するようなことは仕事じゃないし、関係してもいけない)」
......
「ねぇ、聞いて。If you have a choice between killing yourself, and doing something you're scared of doing...why not do the thing you're scared of doing(もし自殺するのとすることが怖いことをやるということの、どちらかを選ぶとしたら、することが怖いことをやるということを選ぶべきじゃないか)?」
メイルは、自分が家出という選択をしたことをこのシーンを観るたびに、自画自賛する。
それはそうだと思わないか?
生きるということは、怖いこと。
自殺することも怖いし、するのが怖いことをやるのはもっと怖いこと。
でも、一人の人間として生を受けた以上、するのが怖いことをやってみることが大事なのでは?
トム・ハンクスは言う。
「You see? You know what you're scared of doing.Why don't you do it? See what happens(ほらね。自分でするのが怖いことをやるのが何かわかってるじゃないか? なぜやらない? やってどうなるのか見てみればいいじゃないか)?」
その答えに対し、メグ・ライアンはまるで今の日本の子どもたちのように反発する。
「こんなふうに何もかもオープンにすべてを話したところで、アナタは何も損しないものね」
トム・ハンクスは、情けなくてみっともない日本の親や教師と違い、明確に答える。
「そういうキミのことがわからないし、誰のこともわかない。You're angry I can see that .I'm very troubled.I'm not ready to..Thre's only so much time, and you want to use it well.So, I'm here, talking to you.I don't want to throw that away(でも、キミが怒ってるのはわかるし、ボクも悩んでいるし、どうしていいかわからないし、キミにうまく使って欲しい時間だけは十分ある。だから、ここにいて、キミと話しているし、そのことを投げ出したくない)」
何もわからないくせにわかったフリをして偉そうなことを言う人より、よっぽどいいと思わないか?こういう答えが…。
その相手への思いやりは、メグ・ライアンが「Want me to come up with you(寄って欲しい)?」と誘ったとき、弱って破れかぶれになりそうな女性に手を出さず、「No」と帰して部屋に戻らず、一人ぽっちでLAの海を見つめながら夜明けを迎えることで、一目瞭然。
メイルも、毎日、そんな気持ちで生きている。
 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、「トム・ハンクス」のごとく-3

 
メイルは、お世話になっている老婦人が、脊椎を骨折していたことが判明して、複雑な気持ちになっている。
人間いくつになっても、痛いのをガマンできるわけもない。
それで、メイルは、唐突と思い出したことがある。
実は、メイルの母親も脳梗塞で介護度5になってしまう前に、階段で転んで脳挫傷を負い緊急入院したことがあった。
けれども、それが瞬く間に元通りになったように見えたので、すっかりそのことを忘れてしまっていた。
「やった! 奇跡が起きたんだ! これで、母親は二度とこんな目に遭わなくてすむし、自分もこれで介護の大役を終了だ! 沖の干潟遥かだったのに、磯より潮が一度満ちた以上、これで二度と満ちない」と勝手に安穏としていた。
人間とは摩訶不思議なもので、逃れられない大事に直面すると、逃れられた大事のことはついつい眼中になくなってしまうものらしい…。
メイルは、望むことが到底ムリなのに、そう思い込みたいだけで、また奇跡は起きると信じたがり、母親にさらなる苦難を与えていたのかも知れない。
今さらながら、二回目の脳梗塞はあの一回目の脳挫傷の延長線にあったもので、一度も完治などしていなかったのかも知れないと悔悟し、自責の念に駆られている。
そう言えば、その脳挫傷のときも最初から、担当したERの医師から、「脳の7割に損傷が見られ、持って1、2週間。
ここ数日が山。そのうえ、胸骨も完全骨折していて回復の見込みがない」と、延命措置を施さないという旨のペーパーにサインさせられていた。
夫である父親も、兄もいたのに、母親の命のすべての責任をなぜかメイルは背負わされてしまっていた。
それなのに、その担当医をして「これはミラクル! まさにミラクル!」と言わせしめるような回復をし、母親の脳にあった不気味なカゲが消えたとき、母親に「胸が痛い! 胸が痛い!」と言い出し始めて、すっかり閉口させられてた。
それはそうである。
脳挫傷の治癒を最優先し、胸骨の骨折の処置は全く施していなかったのだから、至極当然。
それでも、あまりに痛がるので、一応担当医に質問してみた。
「胸骨の痛みを取るのにはどうしたらいいですか?」
「手術をして、骨折してしまった部分を固定するしかない」
「それって大手術なのですか?」
「それほどでもないが、全身麻酔でやるしかない手術になるけど?」
「えっ、全身麻酔なんてしたら、せっかく覚醒している母の頭に問題が生じないんですか?」
「それは何とも言えない。間違いなくそのリスクはある」
「だったら手術はボクの判断でやりません。母だって脳を覚醒させておくことを選ぶはずですから…」
メイルの独断で、母親は1年近く「胸が痛い」と言い続けることになったが、胸骨を骨折していたことは最後まで伝えなかった。
今思うと、母親はよくガマンしたと感心するだけだが…。
そのことがあるのか、老婦人が脊椎の骨折を治癒するために入院を決意したと聞いたとき、メイルにはその苦渋の決断の理由が手に取るようにわかって、ますます複雑な気持ちでいる。
自分の母親の介護度5の暮らしの5年半を再び克明に思い出し、「90歳を過ぎても、家族と普通に会話ができ、自分で食べたいものが食べたいように食べられるのに、何が不満なの?」と聞いてみたい気持ちもする。
が、それ以上に、「頭脳明晰なうえ、精神があれだけ鮮明だと、辛いかも?」と同情している。
メイルは、実際のフィジカルな痛みよりも、自分が面倒をかけている家族への配慮におけるメンタルな痛みで、彼女が入院を選んだに違いない。
とりわけ、彼女は24時間体制で下の世話をさせるハメになってしまっている自分の家族を、目いっぱい思いやって入院での他人の世話になる道を選択したに違いない。
メイルは、客観的な立場なので、イヤと言うほど彼女の気持ちがわかる。
冷静に見れば、彼女を介護している家族の一人一人に、かなりの疲労困憊の様子が滲み出てきているのも事実だからである。
「一人の人間として普通に一所懸命生きている限り、それは自然。そのムリが伝わらないように隠し続けることは極めて酷で、困難。いかに介護されるか? いかに介護するか? どちらも、一人の人間としてのの尊厳にかかわることなので、すべてを本人に委ねるしかない」と、少なくとも、メイルには理解できるのだが…。

メイルは、新たに介護を両方の立場で凝視しながら、映画「Joe wersus the Volcano(ジョー、満月の島に行く)」のトム・ハンクスとリムジン・ドライバーとの会話を思い出している。
NYのスタテン島の貧しい若者だったトム・ハンクスが、マンハッタンで一世一代のヤケクソのショッピングをすることになったときの絶妙な人間的会話…。
「Where would you like to go shopping(どこに行く)?」
「少しショッピングをしたい」
「どちらまでショピングに?」
「わかんない」
「オーライ」
「キミならどこに行く?」
「What for? What do you need(何のため? 何が欲しい)?」
「服」
「What kind? What's your taste?(どんな服)?」
「本当にわかんない」
「You hired me to drive the car, not to tell who you are(車のドライバーとして雇われたので、アンタが誰かと言うためにではない)」
「そんなこと頼んでない」
「You're hinting around about clothes.That's an important topic to me.Clothes make the man.I believe that.You say you want to buy clothes, but you don't know what kind.You leave it hanging in the air like I'll fillin the blanks .That's like asking me who you are, I don't know who you are.I don't want to know. It's taken me all my life to find out who I am, and I am tired now.(アンタは服を探しているとヒントをくれるばかり。私には重要なことなのに何だ。服は人を作るものと私は信じてるけど、アンタは服が欲しいと言ってるのにどんな服かはわからないというだけ。空いた括弧内に言葉を埋めるかのようで、よくわからないまま。それじゃ、アンタが何者かを問われているようなもので、私にやわからないし、知りたくもない。すでに自分の人生で自分は一体何?と問い続けてきたこともあって、すっかり疲れているんだから、どうでもいい)」
まるで、人間関係のあり方の基本が、そこにあるようだったとメイルは感動したのだが…。
それはそうだと思わないか?
生きていることの実感、そのリアリティの主張が服、ファッション。
いかに物質的に満足していようがしていまいが、それこそ、精神的に満足していようがしていまいが、着たいモノを着たいように着れるもの。
そのバイブレーション、インスピレーションのままに、最低限自分の存在を表現できるのが服、ファッション。
その意味では、老婦人も、メイルの母親同様、まだまだ身だしなみに細心の注意を払う姿勢を見せているから、痛みをガマンしようしていないから、目いっぱい生きようとしている意気があるとホッとできる。
だからこそ、メイルは、老婦人に、「母のように介護度5になったら、服すら自分で選べなくなってしまうのだから、そうならないだけ幸運」と感じて欲しいと願ってもいるのだが…。
どちらにしても、「介護される人間の歯痒さ、自己嫌悪、悔しさと、介護する人間の献身、一生懸命、モドカシサとのギャップは、まるで恋愛のようにピッタリ波長が合うことは困難であることだけは、恒久不変の真実なのかも」と、メイルは改めて確信している。





 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、「トム・ハンクス」のごとく-2

 
メイルは、実は、毎日、怯えている。
暑い、寒い、脚がしびれる、ノドが乾燥していがらっぽい…。
その具合の悪さの症状が、階下のお世話になっている老婦人と、ほとんど変わらないからである。
気温変化に、体温調整がスムーズにできないのは、間違いなく本質的な衰弱の証し…。
そのうえ、車イス、介護イス、介護ベッドと、いつのまにかどんどん増えてくる最新の介護用品を見ているだけで、ますます元気がなくなってきている。
そのせいなのかも知れない。

メイルは、映画「Joe wersus the Volcano(ジョー、満月の島に行く)」のトム・ハンクスを思い出すことが、なぜか増えている。
と同時に、その映画でお気に入りのメグ・ライアンが1人3役で演じる3種類の女性を、それぞれに思い出している。
余命6ヵ月と宣告されて、トム・ハンクスがその不気味な会社に戻ると、早速、「昼食で3時間か?」と嫌味を言ってくる上司。
そこに展示されていた義手と腕相撲し、それをはぎ取る。
そして、それで上司の頭をポンポン叩きながら「友だちはどこ?」と言った後、トム・ハンクスは「辞める」とおもむろに言ってから、「この職場で4年半でやったことは、6ヶ月分の仕事だった。残りの4年間はムダだった。ムダにした4年間は、もう戻らない」と叫ぶ。
それから、退社するとき、ついに上司にトム・ハンクスが堪忍袋の緒を切らす。
「This life...life.What a joke(この人生、人生は何とジョークなのか)」
「This situation,this room...(この状況、この部屋…)」
「You look terrible.You look like a bag of shit stuffed in a cheap suit.But no one could look good under these zombie lights.(アンタのヒドイ雰囲気。まるで、安物スーツに詰められたクソ袋みたいだ。もっとも、このゾンビ明かりの下じゃ、誰もがそう見えるが)」
「For $300 a week I've lived in this sink.This used rubber.(たった週給300ドルのためにオレはこの流し台の中で、使ったコンドームの中で生きたんだ)」
「Watch it.There's a woman here!(気をつけろ。女性がここにいるんだぞ!)」
「Don't you think I know that? Don't you think I'm aware there's a woman here? I can smell her like a flower. I can taste her like sugar on my tongue.I'm 20 feet away, I can hear the fabric of her dress when she moves in her chair.But I haven't done anythig about it.I go every day not doing,not saying,not taking the chance for $300 a week.(知らないとでも? 女性に気づかないとでも? オレは花のように彼女の匂いを感じるし、舌の上の砂糖のように彼女の味を感じるし、20フィート離れていても椅子で彼女が動くときその服のぬ布が擦れる音を聞いている。それなのに、何もしなかった。毎日、何もしないで、何も言わないで、週給300ドルのためにチャンスをフイにしていた)」
メイルには、このトム・ハンクスの気持ちが痛いほどわかる。
「Why,I ask myself, have I put up with you? I cna't imagine.But I know .It's fear.Yellow,freaking fear.I've been too afraid to live my life,so I sold it to you for $300 dollars a week! You're Lucky I don't kill you! You're lucky I don't rip your throat out!But I'm not going to!Maybe you're not so lucky,because I'm going to leave you here.What could be worse than that?(なぜ、アンタになんかじっとガマンしたのか、自分でも想像ができない。けれでも、今ならわかる。恐怖だ。意気地ナシならではの異常な恐怖だ。あまりにも自分の人生を恐れ過ぎていたから、週給300ドルで自分の人生をアンタに売っていたんだ。アンタは殺されなかっただけでもラッキーなんだぞ! ノドを切り裂かれなかっただけでもラッキーなんだぞ! しかし、オレはそうしないけど。その意味で、そんなにラッキーでもないかも。なぜなら、アンタはここに置き去りにされるんだ。それ以上最悪なこともないんじゃないか?)」
メイルは、トム・ハンクスとは違い、若いころには、一切の妥協もしなかったのだが…。
この後の一人目のメグ・ライアンが「食べ物があるだけで満足する犬のイメージ」と演じる可愛いディーディーとの初デートの会話にも目を見張った。
「Who am I? That's the real question.Who am I? Who are you?」
「If you want to understand the universe,embrace it,the door is you(宇宙を理解しようと思ったら、それを悟ろうとしたら、その理解への扉はキミだ)」
「You're really intence(アナタは本当に情熱家)」
「Am I? I guess I am, I was」
「What do you mean?」
「In the biginning I was full of piss and vinegar.Nothing got me dowan.I wanted to know(最初のうちは元気いっぱいで、何も失望することがなかった。知りたがった)」
「You wanted to know what?」
「Everything! But then I had some experiences.」
メイルは、今の介護問題を克服するのに、そんな楽観がいると思うのだが…。
実際、トム・ハンクスもメグ・ライアンにそれを指摘される。
「Now... How do you feel?」
「I feel great」
「See? You never feel great」
「No,I never do!」
「What's funny?」
「I feel great. That's very funny!」
「Where are you?」
「I'm right here!」
「I wish I was wher you are(ワタシもアナタのいるところに行きたいわ)」
メイルは、こんな答え方をする女性を長い間探していた。
もっともこの後、トム・ハンクスが正直に「もうすぐ死ぬ。生きていることに感謝している」とディーディーに言うと、ディーディーは「どうしていいかわからないわ。ごめんなさい」と途中で逃げ出してしまったのだが…。




 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、「トム・ハンクス」のごとく-1

 
メイルは、日に日にお世話になっている老婦人が衰弱し、そのご家族の方々がやむを得ず協力し合って、その介護体制を懸命に築いているのを、無様に遠くから見守っている。
そして、今さらながら自分の両親への介護の仕方を思い出しては、深く溜息している。
特に、突然、母親が介護度5になってしまったときの自分の心模様を思い出しては、改めて悔悟している。
人間、誰しも同じだと思うが、メイルも、まず母親以上に、その現実を受け入れなかった。
それでもなお、悲観したくなかったからだった。
あれだけ口うるさかった母親が…、あれだけ聡明で厳格だった母親が…、あれだけプライドが高く世間体を気にしていた母親が…、あれだけ周りの人が死ぬたびに自由が利かなくなるぐらいなら死んだ方がマシと言っていた母親が…、自分の意思に反し脳梗塞で倒れ自殺することもできない状態になってしまうなんて…。
人間の最低限の生きる営みであるはずの口でモノを食べることすらできなくなってしまうなんて…。
人間の諦めへの口ずさみであるはずのグチ一つ言えなくなってしまうなんて…。
まもなく自分にやってくるだろう死を見つめ続け、目を瞑ろうとしなかったメイルの母親にとって、最後の呼吸させられていた5年半は、まさに生き地獄だったはず。
それなのに、母親以上に諦められなかったメイルは、介護という名の下で、さらにそんな母親を火であぶり、ムチで打っていた。
東にクラシック音楽を聴かせれば脳が再生するという話があれば、母親の耳からヘッドセットを外させず、西に指をタクティール・マッサージすればコミュニケーションできるという話があれば、唯一動く左手を離さず、ありとあらゆる拷問をしていた。
それもまた、家族ならではの欲と言えば許されるのかも知れないが、自分の中にある母親像が崩壊してしまうことを恐れただけのカルマだったかもと考えると、やはり悔悟するだけ。
その反省があるからかも知れない。
メイルは、ふと「手間を取らせてる家族に悪い」とたびたび口にする老婦人に、よせばいいのに亡くなった両親の写真を見せて、「いいじゃないですか…そうしなくていい、とか、あれをして、とか、のんきに家族の世話になれるんですから。ボクの母親みたいになったら、それすらできなくなっちゃいますよ。そうするしかないって、観念しちゃったらいかがですか? 楽観的に感謝しながら」と言ってしまった。
確かに、家族に下の世話をさせることは心苦しく、不本意に違いない。
けれども、家族じゃない人にそれをやってもらうよりは、メチャクチャいいはず。
もっとも、それは間違いなく家族に重い負担を強いることにもなるのだが…。
では、その心苦しさから、どうしたら解放されるのか?
逆に、家族の方は、どこでその線を引けばいいのか?
単に、老いによる衰弱がひどくなったときなのか? あるいは、メイルの母親のような重い病気になったときなのか?
人間の尊厳に関わることだから、かなり難しいはず。
どうあれ、これだけ誰もが長寿になってくると、その線引きもますます渾沌としてきているのは、事実。
その意味で、認知症って、老人の心苦しさや死と折り合えるための救済なのかも…。

どちらにしても、メイルは、本当は老婦人に「90歳にもなって、自分の生を意識できたり、自分で辛い思いや歯痒い思いを感じながら、家族とやり取りできるだけで、メチャクチャ幸運じゃないですか」と言ってやりたいと感じて、映画「Joe wersus the Volcano(ジョー、満月の島に行く)」のトム・ハンクスを思い出した。
この荒唐無稽なラブコメディ、そうでなくても十分、スティーブン・スピルバーグがトータルプロデュースしているだけあって、要所要所にメチャクチャ煌く部分を持っている。
かつて勇敢に火の中から子どもを助けた消防士ヒーローだったトム・ハンクスは、そのたび重なる生命の危機に直面した経験がトラウマになって、死への恐怖が積み重なり、8年間働いた消防士を辞め、今は、「American Panascope(アメリカ医療器具)」という不気味な会社の直腸探り針部門広告宣伝部の資料責任者として働き、4年目を迎えている。
けれども、その暗いムードの会社のせいか、ますます体調を崩し、毎日、やる気の起きない、かったるくてだるい生活を送っている。
そんな精気のないトム・ハンクスを見て、そこら中にいる典型的イヤな課長がウダウダと文句ばかり…。
特に、自分の責任が問われそうになるとムキになって、トム・ハンクスに挑みかかる。
「But youre not flexible.you're inflexible(キミは融通が利かない)」
「I don't feel inflexible(そう感じない)」
「You're inflexible,totally(融通は全く利かない)」
メイルは、思わず笑う「今、日本中でこんな光景が見られるに違いない」…。
トム・ハンクスは、「自分が仕事しないせいだろ!」と言いたいが、グッとガマンして返す。
「I don't feel good(調子が悪い)」
「You think I feel good.Nobody feels good.After childhood,it's a fact of life.I feel rotten.So what?I don't let it bother me or interfere with my job(オレが調子いいと思うか! 調子いいヤツなど一人もいない。子ども時代を終えたら、それが人生の事実だ。少しぐらい具合が悪くたって、何だ。仕事はそんな甘いもんじゃない)」
「What do you want from me?(何を望むのか?)」
「You're like a child(キミは子どものようだ)」
そんなトム・ハンクスに、ついに医者が最終診断を下す。
「いろいろな検査をした結果、キミが訴える症状に関しては、何の問題もない。正常そのものだ。しかし、健康に過敏すぎて、めずらしい『brain cloud(脳の雲)』という不治の病にかかっていて、後、余命6ヵ月だ」
「What'll I do?(何をすればいい?)」
「If you have any savngs,you might think about taking a trip.A vacation(もし貯金があったら旅行でもでも考えたら、一つのバケーションを)」
「I have no savings.I spent everything I had on doctors(貯金なんかない。みんな医者代に消えた)」
メイルも、老婦人も、まるでトム・ハンクスのような現状である。
「What am I going to do?(どうすればいい?)」
「You have some time left.You have some life left.Live it well(時間が残ってる。命が残ってる。それを精一杯生きること)」
そして、その医者の所を出たトム・ハンクスは、外で偶然通りかかった、大きな犬を連れた正装の老婦人と出遭う。
すると、黙ってその犬を抱き抱え、その老婦人も抱擁する…。
さらに、今まで靴で踏みにじっていたコンクリートの間に咲く一輪の花を、手でそっと元に戻す。
メイルは、思う。
自分も、階下のお世話になっている老婦人も、それこそ人間誰しも、このときのトム・ハンクスのように絶望し、そこから覚悟して、精一杯生きるしかないのでは?と…。

I have some time left.
I have some life left.
Live it well.


これは、「生老病死」の四大苦を克服するための人間の座右の銘になると思わないか?




 
 
 
 
 
 

介護を超えて、悔悟のままに、どうしても「ジャック・ニコルソン」のごとく-6

 
メイルの憂鬱は、一向に冷え込んでこない気候同様、消えない。
階下での老婦人の衰弱、その衰弱に比例するかのように介護によって衰弱してゆく、ご家族の衰弱。
その両方の衰弱を、階上から指をくわえて見ているしかないジレンマに、メイルの胃も痛くなるばかり。
実際、約1年半ぶりに、胃カメラの検査をして、ひさびさに胃炎と胃潰瘍が見つかってショックだった。
まさか介護をして悔悟の毎日を送る自分が、他の家族の介護でここまで気を病むとは…。
メイルは、改めて介護というものがそれぞれの人生と密着している現実に、何とも言えない気分になっている。
そして、老婦人のご家族が、自分のように介護の悔悟にならないことをそっと祈っている。
誰もが被介護者になる自分の未来をプランしていないように、介護者の方も自分の親への介護プランを持っていないのは当たり前。
それはそうである。
どんな子どもでも、自分の親がいくら介護が必要になっても、可能な限り一人の人間としての尊厳を保持して欲しいと願うし、親自身もその尊厳を可能な限り保持したいと欲するから、ギャップが生まれる。
結局、どちらかが犠牲になるしかないということは、介護は終わって初めて痛感するもの。
第一、人生自体もそんなもの。
子どものころには疑問だらけで、オトナになっても人生の意味を悟ることができず、答えを求め続ける。
果たして、その答えは見つかるか?
心の目を開けると未来が見えてくるというが…。

それですぐ思い出すのが、映画「The witches of Eastwick(イーストウイックの魔女たち)」のミシェル・ファイファー。
「心の目を開けると何が見える?」というジャック・ニコルソンの質問に答える。
「I don't mind that it's a short life or growing old or disapperring. It's the pain that scares me.I don't know why there has to be...so much pain.(短い人生でも、老いを晒す人生でも平気。でもワタシは痛みが怖い。原因不明の痛み。激痛)」…。
それに対し、ジャック・ニコルソンが言う。
「未来の運命は定められたものだ。変えられない」…。
メイルは、全くそのジャック・ニコルソンに同調できないが、ミシェル・ファイファーの答えには、介護の答えも加わっていると感じる。
少なくとも、介護度5になってしまったメイルの母親は、原因不明の心の激痛に苦しんだに違いない。
その点で言えば、老婦人がいかに贅沢な悩みなのか…とメイルは、ついつい感じてしまうのだが…。
さて、ジャック・ニコルソンとミシェル・ファイファーの出会いの会話が、メイルは大好き。
とくに好きなのが、「You're a fertile creature, aren't you(映画では、想像力が豊かなんだ、と字幕があったが、実際は、肥沃な創造力の豊かな女性、もっと言うと、繁殖力のある創造物、とある種の畏敬を含んだ興味ある女性への最大の賛辞)?」 …。
メイルの好きなタイプの女性。
「Wasted.Pearls before swine(もったいない。豚に真珠だ)」
「Just the two of us,banging away, head to head(二人だけで、じっくりと頭と頭を合わせて、ぶっ続けにsexしよう)」
「It's boring,but it's true(つまんない女よ、本当に)」
「Are you going to seduce me,too?(ワタシも誘惑するつもり)」
「Yes」
「How?」
「I don't know」
知的なのにバカ正直な女性に、メイルはいつも降参。
「I get pregnant all the time.At the drop of a hat.From borrowing your toothbrush(いつもすぐ妊娠するわ。あの先から一滴垂れただけで。アナタの歯ブラシ借りただけで」
「I'll keep that in mind(覚えておくよ)」
「You're not like other men(アナタは他の男と違うわ)」
「I'm not」
「Most men,well,my husband, try to keep everything under control...pretend everything is normal.Always rational,always an explanaion for everything.Men need that,don't they? To feel...everything is solid.And the world just isn't like that(ほとんどの男たちは、夫もよ、ワタシの何もかもをコントロールしようとしたわ…何もかもがノーマルなフリをして、いつでも理性的に理屈っぽく。男たちにはそれがいるのよね。何もかもが不変と感じたいために。でも、世界は不変じゃないのよ)」
「Certainly not with you three around(キミたち三人はそうじゃないって)」
「We're not so diffrent from other women.Women are more natural,right?And nature is crazy, no matter what science says.So I don't mind(私たちだって他の女たちと違わないわよ。女性はもっと自然よ、でしょ? 科学が何を言っても、女性の本性はクレイジーよ。だから、気にしないわ)」
「You don't mind what?(気にしないって、何を?)」
「I don't mind when peculiar things happen.It's natural...because the world is a peculiar place(気の狂ったようなことが起きても気にしないわ。それは自然なことよ。なぜって、世界は気が狂っている場所でしょ)」
「And you're a very peculiar person(そして、キミはとっても気が狂った人間)」
「Thank you」
「I would love to be a woman(女になりたい)」
「Why?」
「Just look what you can do with your bodies. I mean,Make babies and...make milk to feed the babies.If I can do that...(キミの体のように何ができるのかすごく見てみたい。子どもを作って、その子どもを育てるためにミルクを作ったり)」
「Who are you,really?」
「Anybody you want me to be(キミの欲しいすべての人間になる男さ)」
メイルは、この会話こそ、男女の理想的なものだと思っているが…。
 
 
 
 
 
 
プロフィール
 

介護人 メイル・GIVEソン

Author:介護人 メイル・GIVEソン

介護なんて、「する側」も「される側」も現実であってほしくないと毎日願って過ごしている。
ある日突然、前ぶれもなく目の前にそれが現れた…。

東仙坊の、介護用ハンドルネーム「メイル・GIVEソン」が、好きな映画と対照して、お届けする介護ブログ。
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